
大企業が、転職していった卒業生=アルムナイの「カムバック採用」に取り組む事例が増えている。しかし、実際に出戻った人たちはどんな理由で出戻り、どんな心持ちで「再入社」後の会社員人生をおくっているのか。
前編に引き続き、「大企業“出戻り”社員12人に聞いた『5つのリアル』」後編をお届けする。
■前編「大企業“出戻り”社員12人に聞いた『5つのリアル』。アルムナイ転職の「本当の話」をしよう」はこちらから
※この記事は2024年6月3日初出です
【出戻りのリアル4】退職の理由、30代前半に「成長への焦り」で辞める人が多い

「戻ってきて」と請われるくらい評価されている人材が、「戻りたい」と思えるくらいの会社を辞めるのは、なぜか。人事担当者からすると、これは深い疑問かもしれない。
インタビューで見えてきたのは、優秀だからこその「高い理想」と、日本の大企業(いわゆるJTC)の現実とのギャップから、外に機会を求めた人が多かったということだ。
昇進の早いメガベンチャーや外資系で、30代半ばくらいで部長や役員となって活躍している人を見知る機会も増えると、相対的に昇進の遅いJTCに残り続けることへの焦りが生まれるのだ。
“課長になれるのは早くて45歳。15年の間に自身のビジネス戦闘力が相対的に下がっていくことへの恐れがあった”(大手物流会社に出戻ったH氏)
また、より早い段階から経営レベルの仕事にチャレンジしたいという人もいる。
“周りに若くして経営幹部になる人が多く、自分も社長業にチャレンジしてみようと思った”(EC大手に半年で出戻ったC氏)
“大企業での事務局的な仕事ではなく、経営に直接影響を及ぼす仕事をしたかった”(スタートアップに転職して1年弱で広告代理店に出戻ったJ氏)
他には「より汎用的な技術分野にシフトしたかったが、業績不振で当時の社内に機会がなかった」(大手電機メーカーに戻ったD氏)「自分の専門は自分で決めたかった」(法律事務所を経て、インフラ会社に出戻ったE氏)など、キャリアチェンジやキャリア自立という理由もあった。
会社は、個々人の望む昇進やキャリアチェンジの機会をタイムリーに提供できるとは限らない。そのギャップで、成長意欲の強い優秀人材が外に機会を求めることはよくあることだ。
【出戻りのリアル5】再入社後のほうが「不満」が減っていた

表向きは「挑戦」や「家族の事情」などを理由にしていても、一度は退職したということは本音では必ず何かしら不満もあるものだ。
一方、大企業の組織そのものが数年で大きく変わることはまれだ。
つまり、彼らが元々抱えていた不満をどんな形で消化しているのかも、興味深い学びがある。
例えば元の会社が自分に合っていることに「外の世界」を経験して再認識する人もいる。
“自分が会社の経営にインパクトを与えられないことが不満でスタートアップに転職した。が、会社の業績を左右するほどの売り上げやコストの責任を負ってみると、夜も眠れないほどのプレッシャーになることに気づいた”(スタートアップに転職して1年弱で広告代理店に出戻ったJ氏)
“異なる環境に身を置くことで自分の軸が定まり、外から見ることで元の会社の良さも再認識できた。自分に合っていると納得して出戻っているので、会社に対するエンゲージメントも高まった”(グローバル大手製造業から大手電機メーカーに戻ったA氏)
元々の退職理由とも繋がる、自分の中での焦りを自ら消化したケースもある。
“年齢を重ね、経験の幅も必要とされると気づいた。それによって、辞めた当時の、ポジションを上げることへの執着から解放された。
また、ちょうどいいタイミングで新人事制度が導入され、ポジションを上げる以外に、専門性を高めてグレードを上げるキャリアも可能になった。結果、自分はそちらを目指すことにした”(複数社を経て、人材系ベンチャーに出戻ったB氏)
ネガティブだと思っていた部分をポジティブに捉え直すこともある。
“スタートアップで経営会議にもかけず数億円の投資を判断している現場を目の当たりにして、煩わしいと感じていたルールの多さは、仕組みがある安心感へと見方が変わった”(スタートアップに転職して1年弱で広告代理店に出戻ったJ氏)
興味深かったのは、複数の人が「出戻った人の使命感」に言及していたことだ。
評価してくれた会社を飛び出した「負い目」がある一方、その裏返しとして、外で経験したことを会社に還元する「使命感」のような感情に言及する人が複数いた。モチベーションも、辞める前より高いという。
一方、出戻りを受け入れている会社の人事担当者も、実は似た観点で帰ってくる人材を評価していた。昔から出戻りの多い大手電機メーカーの元人事部長は、筆者の取材に「たとえ短期間で出戻るにしても、そこで何を得たのかを見ていた」と言う。
組織に何が還元できるのかといった、「出戻る覚悟」は企業側からも求められているわけだ。
浮上する課題:JTCは採用競争で不利、背景に「年功」
今回のヒアリング対象12人の生の声からの学びは多い。
実際の出戻りは、評価の高い人材が、高い成長意欲やキャリア自律のために外に機会を求めたものの、元の会社の良さを再認識し、会社からも請われて戻る、という実態が見えてきた。
課題も明らかになった。特に印象深いのは、年収を下げて出戻った人たちの全員が口にした、「他社での実績を正当に評価してほしい」という本音だ。戻る先のJTC側の待遇に対して「年収が市場価値と合っていない」と感じている人が多いのだ。
ある企業の人事担当者は「そもそも内部人材の市場価値が分からないので、内部公平性を重視して、年次を基準にせざるを得ないから」だと明かす。
とはいえそれは内輪の事情だ。一般論だが年収を下げてまで転職する人は多くなく、人材獲得競争で不利になることは否めない。
その解決策の1つが、JTCでも導入が進む「ジョブ型雇用」だ。
欧米企業のスタンダードでもあるジョブ型の人事制度では、ポジションごとに要件を明文化し、それを満たすかどうかで採否や待遇を決める。年次の制約なく人材を抜擢できるし、社外の人材と同じ基準で評価をするため「市場価格」も透明化される。
日立製作所などは、全世界で人事制度をジョブ型に統一したという。JTCも将来的には、会社と個人との関係が、欧米系企業のようなプロフェッショナルなものになるだろう。
「会社のコミュニティ化」という第3の道
とはいえ、内部昇進と転職との差がなくなるようなドライな関係性は、メンバーシップ型雇用に馴染んだJTCやそこで働く人々には、まだギャップが大きすぎるのかもしれない。
今や、副業解禁やリモートワークなど、働き方も自由になり、辞めても複業で関わり続けたり、出戻ることも、特別なことではなくなった。
会社の内と外を厳密に分けず、緩やかに繋がり続ける「コミュニティ」と考える会社もある。大企業が取り組み始めたアルムナイ会は、卒業生を束ね、会社や現役社員との多様な関わりをつくる架け橋になるのではないか。
いずれにせよ、会社と個人の関係は大きく変わっていく。会社も個人も、変化への見通しを立てて、備える必要があるだろう。