2018年7月、ZOZOSUITによる採寸を活かしたフォーマル・ラインナップを発表した時のZOZO前澤友作社長。この3カ月後、「ZOZOSUITいらなくなる」発言が飛び出した。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
「今後は、ZOZOSUITなしでPB(プライベートブランド)を購入できるようになります」
10月31日午後、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を展開するZOZOの前澤友作社長が、世界中への配布に着手していた、体型データを計測するZOZOSUITを将来的になくしていくことを明らかにすると、SNS上では悲喜こもごもの投稿が飛び交うとともに、夕方から夜にかけてZOZOSUIT廃止のニュースが一気に拡散されていった。
その後数日にわたって議論を巻き起こしたのは、前澤社長が会見で語った「ZOZOSUITがなくても、これまで集めたデータの機械学習などにより、最適サイズを予測する新技術」の是非だった。
参考記事:ZOZOSUIT方針転換で前澤氏の正念場、「開発してきた新技術」の現実味
身長や体重、年代、性別などを入力するだけで、ZOZOSUITを着用しての12枚の写真の撮影や、専用アプリのダウンロードも不要になるというこの新技術に対して、「それならそもそもZOZOSUITは必要なかったんじゃね?」「今度も打ち上げ花火で、そのうちやっぱり無理って話になりそう」「みんな体型が違うから測る必要があったのに、(身長や体重などからの推測で済むなら)結局決まったサイズしか販売されないのでは?」などと、SNS上で疑問の声が多く投げかけられた。
800人の多国籍採寸テストで「精度99%」を実現
米Original社が11月19日に正式ローンチを発表した「Bodygram(ボディグラム)」の採寸画面。16カ所のデータは、現時点でカスタマイズに必要十分だという。
提供:Original
ところが、こうした議論を帳消しにするようなニュースが思わぬところから飛び込んできた。
カスタムシャツ専門の通販サイト「Original Stitch」を運営する米Original(オリジナル)社が11月19日に発表した、高精度身体採寸技術「Bodygram(ボディグラム)」がそれだ。
スマートフォンで正面と側面の全身写真を撮影し、身長・体重・性別・年齢を入力すると、カスタムウェアの製作に必要な、肩幅や首周りなど全身16カ所の採寸があっという間にできる。服を着たままで、(よほど特殊な環境でなければ)どんな場所・背景で撮影しても身体だけを抽出して採寸できるという。
「Bodygram」採寸時の全身写真撮影ガイド。複数人が背後に立つなどの特殊な状況でなければ、周囲の背景から被写体のみを抽出して採寸できる。
提供:Original Japan
日本人を含むさまざまな人種・体型の800人を集め、Bodygramの採寸データとプロのテーラーがメジャーを使って採寸したデータと比較したところ、いずれの箇所も1センチ以内の誤差にとどまり、精度は99%に達した。テストとデータ蓄積は現在も続いていて、さらなる精度の向上だけでなく、近い将来には写真2枚と身長を入力するだけで採寸できるようになるという。
全身に配置された300〜400個のドットマーカーを12枚の写真から読み取る、精緻な採寸方法を用いたZOZOSUITのユーザーからは、オンライン上のレビューなどで「大きな誤差が出る時もある」「(採寸データを使って購入したPB製品が)ピッタリすぎて返品した」といった苦情も出ているが、Original社はBodygramの採寸データについて次のように説明している。
「アパレル通販の難しさはサイズだけでなく、重量や質感を購入前に確認できないことにもある。サイズについても、ゆとりがある商品の方がいいという人もいることは承知している。少なくとも言えるのは、当社が手がけるカスタムシャツは、あらゆる衣服の中で最も誤差の許容範囲が狭い商品の一つなので、Bodygramの99%という高い採寸精度を活かすことで(サイズ・フィット面での安心が得られるため)心理的ハードルが下がり、なおかつ返品率の低減に貢献することは間違いない」
パートナー企業に採寸プラットフォームをまるごと提供
「Bodygram」と「BodyBank」の仕組みイメージ。いずれも企業側のサービスに組み込まれるため、データは企業側のサーバに蓄積される。
提供:Original Japan
Original社はこのBodygramの採寸技術を、自社で運営するカスタムシャツ通販に組み込むだけでなく、採寸データを蓄積するプラットフォーム「BodyBank(ボディバンク)」と併せてパートナー企業に販売する。
デベロッパー向けソフトウェア開発キット(SDK)を提供することで、それぞれの企業が運営するウェブサービス・アプリ内で、Bodygramによる採寸ができるようになる。また、採寸したデータがパートナー企業の自社サーバに蓄積されていくため、カスタムウェアはもちろん、消費者のサイズによりマッチした既成品ブランドの商品を提供することも可能になる。
アパレル商品以外でも、BodygramとBodyBankの導入が期待される。実例としてすでに、8月に業務提携した寝具メーカー・エアウィーヴでは、ユーザーの体型に合わせて硬さを調整した寝具を生産する際、Bodygramの採寸データを活用しており、通販サイト経由でカスタマイズされたマットレスを購入できるという。
ZOZOの戦略次第で、ジョイントの可能性も
事業開発支援やベンチャー投資を手がけるインスパイアに所属。投資先である米Original のCOOに就任し、BodygramとBodyBankのBtoB展開を推進する。
撮影:川村力
8月に設立されたOriginal社日本法人の最高執行責任者(COO)を務める藤本学氏は、Business Insider Japanの取材に対し、同社の優位性について次のように語った。
「マス・カスタマイゼーションの潮流は年々強まっているが、Originalはその最先端にいると考えている。ファッションの本場というとイタリアなど欧州がイメージされるが、カスタム通販に関しては、ほとんどの欧州企業はソリューションを商品化できるところまで至っていない。データ蓄積量やシェアなど先行者利益を最大化していきたい」
さらに、最適サイズを予測する新技術を「ずっと裏で開発を進めてきた」ことを明らかにしたZOZOについて、藤本氏はこう語った。
「2017年はカスタマイズ市場が動き出した年だった。ZOZOは言わば“切り込み隊長”として、テクノロジーでこんなことができる、という認識を広げた。ZOZOSUITを実際に配布して、購買体験価値を提供したことは、マス・カスタマイゼーションの市場に大きなインパクトがあった」
「最適の手法だったかどうかはともかく、ZOZOSUITを着るワクワク感は多くのカスタマーに将来を期待させたし、その恩恵を自分たちも受けた。市場をともにつくっていく仲間として、今後ジョイントできる可能性があるのなら、ぜひ実現したい」
Original社の採寸技術がこのまま順調に実績を積み重ねた場合、ZOZOのマス・カスタマイゼーション市場における先行者利益は事実上失われることになる。一方、これからベールを脱ぐZOZOの採寸技術が、前澤社長という個性と相まって再度優位に立つ可能性も考えられる。あるいは、OriginalとZOZOが協業する未来もありうるのか——。ますますこの市場から目が離せなくなってきた。
(取材・文:川村力)