柴又事故は、大型タンクローリーに乗っていたU運転手の左折事故から一年半たった昭和53年9月27日に起きましたが、その間、左折事故は年間百件から二百件くらいに増えていました。死亡者は年間二百人を越えました。新聞やテレビで報道される回数も増えました。ほとんどの場合、死亡事故にむすびつきますから。
左折事故は運転手による人為的なものではなく、車の構造に問題があるのではないか。運転席の左横にいる自転車とかオートバイは完全に見えないわけで、そういう危険な車が生活道路を運行しているとしたら、それらの車を認可している運輸省にも責任があるのではないか。もちろん、メーカーにも責任があります。
(猪瀬直樹『交通事故鑑定人S氏の事件簿』文藝春秋、1994)
こんばんは。国語やって算数やって外国語やって道徳やって体育やって社会やって、あっという間にクタクタです。3連休で疲労も疲労感も軽減したつもりでしたが、恐るべし、
6時間授業。
教員の労働時間は約13時間で、労働者全般と比べて4時間程長く、睡眠時間は労働者全般より1時間以上短い。読書時間も短い。連合総合生活開発研究所による数年前のデータですが、これ、改善されているのでしょうか。死角になっているわけでもないのにそういう状況が放置されているのだとしたら、そういった労働環境を黙認している文部科学省にも責任があるのではないか。もちろん、現場にも責任があります。
次の学校に行ったら通用しない、とか言ってそれまでなくても回っていたのに余計な仕事を増やそうとするのはやめてほしい。その「次の学校」が余計な仕事を減らせばいいだけ。
— CountryTeacher (@HereticsStar) January 12, 2025
学校にも、S氏のような鑑定人がほしい。
労働環境鑑定人。
猪瀬直樹さんの『交通事故鑑定人S氏の事件簿』を読みました。初版は1994年。文庫化されていない幻の名作です。稀覯本と言ってもいいかもしれません。
猪瀬直樹さんの稀覯本『交通事故鑑定人S氏の事件簿』(文藝春秋、1994)読了。交通事故鑑定人という仕事があること、S氏という優れた鑑定人によって、大型車に死角が存在することが明白となり、運転席の構造やデザインが変更されたことなど、初めて知る。ディテールに富む、著者らしい作品。#読了 pic.twitter.com/Uu71iXfAbA
— CountryTeacher (@HereticsStar) January 14, 2025
目次は以下。
第一章 ヒット・エンド・ラン
第二章 アイアンホース
第三章 左折事故の恐怖
第四章 S氏の肖像
交通事故鑑定人という職業があるんですね。寡聞にして知りませんでした。試しに Wikipedia で調べてみると、《第三者から依頼を受け、交通事故の原因究明や解明されていない対象事故の一定部分に対して、自身のキャリアや学識経験に基づいて専門的意見を述べる人物を総称して交通事故鑑定人と呼ばれている》と出てきます。ちなみに猪瀬さんがこの本を書いた当時、その職業を本業としている人はS氏くらいしかいなかったとのこと。
今は、どうなのでしょうか。
それはわかりませんが、読むと、S氏がとても優秀で、しかも人間味に溢れていたことがよくわかります。そしてそんなS氏に猪瀬さんが惹かれていたということもわかります。S氏も猪瀬さんも、ファクトとロジックを大事にする人ですから。ファクトとロジックは、
人を救う。
傍聴席はガランとしていた。かつて、「教頭先生がひき逃げとは……」「児童らもびっくり」という記事を書いた新聞記者らは、一人もいない。どこか一社くらい追跡取材をしていてもよさそうなものだともう一度グルッと見回す。報道の腕章は見当たらない。新聞は、つぎからつぎへと発声する事件を堆積させるだけで、発掘し直すという作業をほとんどしない。おうおうにして ”新聞記事は書き捨て棄て” となる。”書かれたまま” のほうはたまらない。
第一章より。ヒット・エンド・ラン、すなわち「轢き逃げ」という冤罪をかけられた小学校の教頭先生を、S氏がファクトを発掘し直すことによって救うという実話です。冤罪によって退職を余儀なくされた挙句、間違ったことを《書かれたまま》なんて、ほんと、たまりません。かつて「東京の敵」によって都知事を追われた猪瀬さんにも思い当たることがたくさんあるのでしょう。猪瀬さん以上に都知事に相応しい人なんていなかったのに。
ほんと、たまりません。
S氏がどのようにファクトを発掘し直し、その教頭先生の冤罪を晴らしたのかは、ぜひ手にとって読んでみてください。第二章の「アイアンホース」でも、S氏は濡れ衣を着せられたまま事故死してしまったN青年の汚名をファクトとロジックによってそそぎます。
S氏の職業は交通事故鑑定人と呼ばれている。といってもそういう専門家で生計を立てている人物はほかにいない。シャーロック・ホームズに限らず、現代という時代に名探偵がいるとしたら、トリック中心でこけ威しの殺人事件というプロットとは別の、もう少し身近な課題に挑戦しているはずではないのか。
名探偵ほど安易な推測を避ける。このケースでは、現場が海辺でしかもトンネルの出入り口のすぐ近くであること、また工事車両が出入りしていたことなどから、S氏はアスファルト上の ”砂” の存在に気づいた。その砂を掌でそっと撫でてみる。足で稼いだ後で仮説をつくってみる。巻き尺で測る。可能な限り実証を尽くす。それから製図を引いた。
第二章より。いやぁ、さすが猪瀬さんです。S氏の仕事ぶりが伝わってくるのではないでしょうか。S氏のこの仕事ぶりは、冤罪を晴らすことによって誰かの人生を変えるだけでなく、やがてトラックや大型バスの設計をも変えることになります。冒頭の引用(第三章「左折事故の恐怖」より)にあるように、大型車による左折事故が相次ぎ、それをS氏がファクトとロジックで解明していったからです。小学校の保健の授業で死角や内輪差のことを学習しますが、当時はそれほど知られていなかったんですね。S氏の活躍が、大型車に内在する危険性を世に知らしめたというわけです。
なるほど、トラックの運転席のドアの窓ガラスは広く、さらに最近では大型バスの運転席が低い位置に移っているのは、つまるところS氏の存在に負うところが大きいのか。
終章の「S氏の肖像」より。S氏の人生を描いた、この終章がまたおもしろいんです。やはり、評伝を書かせたら、猪瀬さんの右に出る者はいません。嘘だと思うなら、作家評伝三部作(『ペルソナ 三島由紀夫伝』『マガジン青春譜 川端康成と大宅壮一』『ピカレスク 太宰治伝』)と日本凡人伝シリーズを読んでみてください。
ぶったまげますから。
幻の名作と呼ばれる『交通事故鑑定人S氏の事件簿』を思いがけず手にすることができて、ラッキーでした。猪瀬さんが書いている本で、まだ読んだことのないのは『ラストニュース』くらいかもしれません。いつかの楽しみに、
とっておこうかな。
おやすみなさい。