オペラ歌手を夢見て東京芸術大学に入学するも、プロとして食べていくことの厳しさを痛感ーーそれから会社員、音楽教師、自営業など、キャリアを模索するも、1400万円もの空き巣被害に遭い無一文に。起死回生の道として選んだのが歌舞伎町のホストだった。

 歌舞伎町の人気ホストクラブ「TOPDANDY Ⅲ」で働く太陽さん(@taiyou_v_opera)が、“農業系ホスト”として注目されるまでの人生を聞いた。

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新潟大学を中退し、4浪の末、東京芸術大学に合格

 新潟の農家で生まれ育った太陽さん。田んぼを耕す祖父と一緒に、日本の民謡や唱歌を歌うのが幼い頃の楽しみだった。

「幅広い世代に届く昔の歌が好きでした。歌うこと自体も好きでしたが、歌手になることは難しいと思い、日本の文化を学べる文学の道に進みたいと思うようになりました」

 その後、新潟大学人文学部に進学。しかし、歌への興味が断ち切れず、19歳で中退。オペラ歌手になるため、東京芸術大学音楽部を目指した。

「家族は地元の国立大学に入学したことをとても喜んでくれました。しかし、どうしても後悔したくなかったので、反対を押し切って退学しました」

 4浪のすえ、25歳で東京芸術大学音楽部に合格。プロの合唱団に所属し、TBSの「日本名曲アルバム」、NHKの音楽番組、紅白歌合戦のバックコーラスなどに参加した。

 しかし、音楽で生計を立てることの難しさを痛感する。

バイトをしながら音楽活動をしている人ばかり…

4浪して入った東京藝大を中退→“うっかり”で逮捕される→1400万円を空き巣で失う…月間1000万円を売り上げるホストが「歌舞伎町にたどり着くまで」の紆余曲折
このときは、将来ホストになるとは思いもよらなかった
「東京芸術大学で優秀な成績を収めていても、コンビニやファミリーレストランでアルバイトをしながら音楽を続けている人が少なくありませんでした。大学では音楽の技術は学べるけれど、ビジネスのノウハウまでは教えてもらえません。オペラ歌手として生計を立てる難しさを知りました」

 太陽さんは「仕事で生計を立てられるようになりたい」と、東京芸術大学を中退。
中学校の非常勤講師として1年間働いたあと、畑違いの業界に飛び込む。

「バイクが趣味だったので、バイク専門誌を発行している出版社に入社しました。好きなことなら、仕事にも熱が入ると思ったからです。働いてみると、教壇に立って生徒たちと接していた経験が生きたのか、営業は向いていました。仕事は順調でしたが、『もっと稼げるようになるには独立したほうが早いのでは』と思い、1年ほど働いた後に起業しました。プログラミング教室やオートバイの部品輸入・販売など、さまざまな事業をしていました」

 しかし2020年、新型コロナウイルス感染症の流行により事業がうまくいかなくなり、撤退を余儀なくされた。そして、生活を立て直すため、地元・新潟に戻った。

逮捕、1400万円の空き巣被害…ホストになる決意を固める

 新潟では知り合いのコネクションを生かし、除雪業やオートバイの整備・販売などの事業を始めた。しかし、人生を変える大きな事件が起きる。道路運送車両法違反で逮捕されたのだ。

「引っ越しするため、所有していたポルシェをレッカー車で移動させる必要がありました。法律では、公道を走らなくても、レッカー車に載せるために少しでも車を動かす場合は、仮ナンバーを取得するか、車を積載できる専用の車両(積載車)を使用しなければなりません。しかし、移動距離が車庫からレッカー車までの十数メートルと短かったから、仮ナンバーの取得などを省略してしまいました。
この行為を通報した人がいて、結果として道路運送車両法違反で逮捕されることになりました」

 不起訴にはなったものの、運転免許は取り消され、車が必要な新潟で大きな痛手となった。さらに、太陽さんは空き巣被害に遭ってしまう。

「会社の資産、現金含め1400万円がなくなりました。これは、飲食店を始めるために大切にしていたお金でした。刑事事件にもなっていて、後から分かったことなのですが、空き巣に入ったのは、私を通報した人物でした。この人は引っ越しを手伝ってくれたり、一緒に除雪業をしたりしていた信頼していた人だったのでショックは大きかったです」

 このままでは終われない。無一文になった太陽さんは、お金を稼ぐため、再び東京に行き、歌舞伎町でホストになることを決意した。

「失った金額くらいの大金を稼ぐにはホストの道しかありませんでした。アルバイトとしてホストを経験したことはあったので、そこまで抵抗はありませんでした」

 太陽さんが選んだ店は、漫画『夜王』のモデルになった伝説のホスト・流星さんが社長を務める「TOPDANDY Ⅲ」だ。

「変わった自分」「個性的な経歴」を生かせるのがホストの仕事

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現在は、不定期でオペラ歌手として活動している
 流星さんの店を選んだのは、彼の経歴に共感したからだ。

「流星さんは脱税で全国ニュースになり、借金1億円を背負った過去があります。。でもそこから這い上がって、50歳の今もホスト業界の第一線にいる。
この人のように復活したいという気持ちが強かったんです」

 20歳前後の若いホストがいる中で、20代後半から本格的にホストを始めた太陽さんは異色の存在。最初のうちは、周囲と馴染めなかったという。また、今までの経歴も珍しく、価値観の違うスタッフたちと衝突することもあった。

 そんな太陽さんに対し、流星さんは粘り強く指導を続けた。また、今までの経歴をホストとして生かすため、元教師、元オペラ歌手という異色の経歴を活かしたブランディングを提案した。

「流星さんからのアドバイスを信じ、すべて受け入れました。『元教師だから話を聞くのがうまい』『カラオケでオペラを歌ってくれて盛り上がる』。そんなキャラクターが評判を呼び、20人ほどのお客さんが指名してくれるようになりました」

「農業系ホスト」としてイベントで日本酒を振る舞う

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実家に帰ったら農業に勤しんでおり、最近はホストの合間にお米だけでなく土壌や堆肥の勉強もしている
 そんな中、祖父が認知症となり、「農家の後継ぎをどうするか」という問題が起きた。

 「農家を継ぎたい」と流星さんに相談すると、「農業系ホストとして活動するのもいいのでは」とアドバイスをもらった。

 「今はホストとして働きながら、月に6~7回実家に帰り、家族と協力しながら農業をしています。お店もこの活動を応援してくれて、YouTubeの企画で、ホストのみんなが実家まで来て農業体験をしたり、僕の誕生日のときにはお米を使った日本酒を振る舞ったりしました」

 月1000万円を売り上げる人気ホストになった太陽さん。目指すのはホストと農業の両立だ。


「今力を入れているのは、実家のコメを生かしたブランド米『歌舞伎町米』を作り、歌舞伎町で話題になること。そして、ホストとしてナンバーワンになることです。どちらも本気で取り組んでいます」

<取材・文/橋本 岬>

【橋本 岬】
IT企業の広報兼フリーライター。元レースクイーン。よく書くテーマはキャリアや女性の働き方など。好きなお酒はレモンサワーです
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