ウクライナ「停戦」と「和平」は何が違うか キッシンジャーの「均衡」概念が指し示すトランプの課題(上)

ドナルド・トランプ米国大統領は、就任後、ロシア・ウクライナ戦争の停戦に意欲を燃やしている。大統領就任式の前日1月19日に、ガザをめぐり、イスラエルとハマスの間で成立した停戦合意が発効した。トランプ大統領は、「アメリカ・ファースト」の観点から、アメリカの国力を疲弊させているとみなす戦争の終結に、強い関心を持っている。
日本は蚊帳の外だ。しかしロシア・ウクライナ戦争の終結は日本国内でも、海外情勢の中では比較的注目度の高いトピックだろう。もともとロシア・ウクライナ戦争をめぐっては、日本政府の関与の度合いが高く、また親ウクライナ派と親ロシア派の人々の間の感情的なやり取りも多々見られた。そこに特異な性格を持つトランプ大統領が、本格参入してきた。話題性はある。
ただ、注目度の割には、理解や議論が深まっていない印象はぬぐえない。3年にわたって大きな話題であり続けたロシア・ウクライナ戦争をめぐる感情的なやり取りが、日本国内でも浸透し過ぎたためだろう。あらためて冷静に状況をとらえる姿勢が必要だ。
そもそも「停戦」の概念に、大きな誤解、あるいは感情的な反発がある。まずは、停戦とは何か、という問いから始め、それからロシア・ウクライナ戦争の文脈を検討してみるべきだ。
そこで本稿では、通常の紛争解決の実務の世界で用いられている「停戦」概念について、あらためて整理を行う。次にそれを、ロシア・ウクライナ戦争の文脈に適用する。その際、すでに筆者が同じ文脈で何度か論じてきたヘンリー・キッシンジャーのウクライナへの見方を参照する。そこでカギとなるのは、「均衡」の概念である。つまりロシア・ウクライナ戦争にあたっても、「停戦」の基盤となるのは、「均衡」原則であることを、あらためて指摘する。
国際法上の「停戦」の意味
通常、「停戦(ceasefire)」という概念は、戦闘状態の停止、という意味で用いる。「停戦合意」と言えば、戦闘状態を停止することに合意した、という意味である。内戦の停戦などの場合に、伝統的な「停戦」という表現を避けて、「敵対行為停止(cessation of hostilities)」合意という概念が用いられる場合もあるが、これは実質的には「停戦」と同じ意味であると解釈される。日本語の「休戦」あるいは英語の「truce」「armistice」も、戦闘状態の期限付き(一時的)停止、という点で、「停戦(ceasefire)」と実質的な差異はないものとみなしてよい。
したがって「停戦」概念の意味は、「停戦合意」の対になる概念である「和平合意(peace agreement)」との関係で、決まってくる。後者において「和平(peace)」は、より永続的な戦争状態の消滅を意味する。「停戦」が戦闘状態の一時停止であるとすれば、「和平」は戦争とは真逆の状態に至ることを意味する。
かつて第一次世界大戦前に欧州で発展していた古典的な国際法においては、「平時(peace)」国際法と「戦時(war)」国際法は、二つの独立した法体系であるとみなされていた。

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