武藤吐夢さん
レビュアー:
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これはすごい!! 時間や世代に関係なく、共感できる本というのはある。約50年ぶりの復刻版。少しも古くなかった。ここに純文学の神髄を垣間見た気がします。
作家の五木寛之さんが、1960年代に書いた本について、インタビューをされていた。今、1960年代を書くんじゃ弱いんだ。その時に書いたから良かったんだとおっしゃっていた。
その時代には、その時代の独特の臭い、空気、熱があって、文学にそれが閉じ込められている。だから、読み続けられる価値がある。それを読めば、その時代を感じることができるとのことでした。つまり、史料としてみることもできるということなのでしょう。
本作「ミッドワイフの家」は、昭和48年(1973年)の発売。これは復刻版です。3つの短編からなっている。この作品には、1960年代の東京オリンピック直前くらいの臭いがプンプンしています。
「巣のなかで」という作品は、引っ越し直後という設定だ。若い新婚夫婦。奥さんの千枝は上流階級出身で、夫とは駆け落ちに近い形で家を出たのでした。この家は、ぼろアパートです。
若い夫婦なので、朝から性行為を開始。すると、すぐ近くから主婦たちの井戸端会議の声が。歌を歌う声が。つまり、壁が薄い。距離も近い。2メートルほどしか離れていない。丸聞こえなのです。
この夫、給料も安い。どうも本を作る会社にいるらしいのだが、印刷部門かな。毎日、残業で2時、3時なのだそうだ。午前2時です。今でいうと、ブラック企業ですね。残業代も出ないし、給与も上がらない。だから、ぼろ家を引っ越せない。そのストレスから、奥さんは飲めない酒を飲んで倒れたり、朝帰りしたり。新興宗教の集会に参加していたとか。不満を募らせている。さらに、夫のインポテンツ。すべては、ストレスと不安のせい…。
つまり、彼女にとって、巣(家、家庭)は不安定。だから、子供はいらないと言う。安心して子供を育てられないのです。最後は、妊娠し子供を産むという良いラストなのですが、モチーフは、子供が産めないという周囲の社会環境にある。
確かに、奥さんとしては不安です。でも、これって現代でも同じですよね。
働き方改革で残業はなくなったが仕事は前のまま。定時になれば帰れというプレッシャー。仕方なく、仕事を持ち帰る。朝早く出社する。休日に、隠れてコソコソ出社して仕事をする。人事にそれがバレると無能と評価される。だから、無理をする。ストレスが溜まる。
給与が減るから共働き。保育施設が少ないから子供も産めない。職場に産休取ると迷惑になる。塾に通わさないと良い大学に行けない。AI・ロボット・移民。経済成長の鈍化。失業の不安。年金問題。国の借金。だから、結婚しない。子供はいらない。
家は立派になり、近所の人の声は聞こえなくなった。おせっかいな人間もいなくなった。でも、子供の虐待や夫の暴力は増えた。どんなに生活が進歩しても幸福度は変わらない。
子供を安心して育てられる環境が大切なのは、今も昔も同じということです。
「炎に追われて」は、童貞喪失の話。この場合の炎とは、腹の底から湧き上がってくる得体の知れない何かの熱いマグマのような欲求。それは性欲です。この男、欲情しまくり、妹にまで欲情し、妹の友達の不美人にまで手を出そうとし、最後は、20歳くらい年の離れた未亡人に手を出すという哀れさ。それもレイプまがいです。空しいし、悲しいし、情けない。プライドはないのかと言いたい。僕ならやりません。今の10代の子には意味すらわからないと思います。女なんか、めんどくさいや。アイドルとか。猫を飼うとか。そういうのでいいやって人も多いと思います。今、この作品を読むと、その生命力の強さにびっくりします。そこまで必死になる原動力は何なのだろうと考えさせられる。仕事も、性欲も、生きることにも必死なのです。僕らには、この感覚は欠如していると思う。
3作品とも名作でした。文章に湿度があり、肌に絡みついてくるのですが、性描写が上品。さくさく読める。1960年代の空気を感じることができる、読み応えのある作品集でした。他の作品も読みたいと思いました。おすすめの作品集です。
それと、この装丁が綺麗。
ページ数 305
読書時間 7時間
その時代には、その時代の独特の臭い、空気、熱があって、文学にそれが閉じ込められている。だから、読み続けられる価値がある。それを読めば、その時代を感じることができるとのことでした。つまり、史料としてみることもできるということなのでしょう。
本作「ミッドワイフの家」は、昭和48年(1973年)の発売。これは復刻版です。3つの短編からなっている。この作品には、1960年代の東京オリンピック直前くらいの臭いがプンプンしています。
「巣のなかで」という作品は、引っ越し直後という設定だ。若い新婚夫婦。奥さんの千枝は上流階級出身で、夫とは駆け落ちに近い形で家を出たのでした。この家は、ぼろアパートです。
若い夫婦なので、朝から性行為を開始。すると、すぐ近くから主婦たちの井戸端会議の声が。歌を歌う声が。つまり、壁が薄い。距離も近い。2メートルほどしか離れていない。丸聞こえなのです。
この夫、給料も安い。どうも本を作る会社にいるらしいのだが、印刷部門かな。毎日、残業で2時、3時なのだそうだ。午前2時です。今でいうと、ブラック企業ですね。残業代も出ないし、給与も上がらない。だから、ぼろ家を引っ越せない。そのストレスから、奥さんは飲めない酒を飲んで倒れたり、朝帰りしたり。新興宗教の集会に参加していたとか。不満を募らせている。さらに、夫のインポテンツ。すべては、ストレスと不安のせい…。
つまり、彼女にとって、巣(家、家庭)は不安定。だから、子供はいらないと言う。安心して子供を育てられないのです。最後は、妊娠し子供を産むという良いラストなのですが、モチーフは、子供が産めないという周囲の社会環境にある。
確かに、奥さんとしては不安です。でも、これって現代でも同じですよね。
働き方改革で残業はなくなったが仕事は前のまま。定時になれば帰れというプレッシャー。仕方なく、仕事を持ち帰る。朝早く出社する。休日に、隠れてコソコソ出社して仕事をする。人事にそれがバレると無能と評価される。だから、無理をする。ストレスが溜まる。
給与が減るから共働き。保育施設が少ないから子供も産めない。職場に産休取ると迷惑になる。塾に通わさないと良い大学に行けない。AI・ロボット・移民。経済成長の鈍化。失業の不安。年金問題。国の借金。だから、結婚しない。子供はいらない。
家は立派になり、近所の人の声は聞こえなくなった。おせっかいな人間もいなくなった。でも、子供の虐待や夫の暴力は増えた。どんなに生活が進歩しても幸福度は変わらない。
子供を安心して育てられる環境が大切なのは、今も昔も同じということです。
「炎に追われて」は、童貞喪失の話。この場合の炎とは、腹の底から湧き上がってくる得体の知れない何かの熱いマグマのような欲求。それは性欲です。この男、欲情しまくり、妹にまで欲情し、妹の友達の不美人にまで手を出そうとし、最後は、20歳くらい年の離れた未亡人に手を出すという哀れさ。それもレイプまがいです。空しいし、悲しいし、情けない。プライドはないのかと言いたい。僕ならやりません。今の10代の子には意味すらわからないと思います。女なんか、めんどくさいや。アイドルとか。猫を飼うとか。そういうのでいいやって人も多いと思います。今、この作品を読むと、その生命力の強さにびっくりします。そこまで必死になる原動力は何なのだろうと考えさせられる。仕事も、性欲も、生きることにも必死なのです。僕らには、この感覚は欠如していると思う。
3作品とも名作でした。文章に湿度があり、肌に絡みついてくるのですが、性描写が上品。さくさく読める。1960年代の空気を感じることができる、読み応えのある作品集でした。他の作品も読みたいと思いました。おすすめの作品集です。
それと、この装丁が綺麗。
ページ数 305
読書時間 7時間
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よろしくお願いします。
昨年は雑な読みが多く数ばかりこなす感じでした。
2025年は丁寧にいきたいと思います。
この書評へのコメント
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- 出版社:水窓出版
- ページ数:305
- ISBN:9784909758002
- 発売日:2018年11月02日
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