「2ちゃんねるには、こんなに面白いものがある。ネットをあまり見ない人にも見てもらいたい」――2ちゃんねるで人気のアスキーアート(AA)キャラクター「やる夫」をテーマにした書籍「やる夫(1)お仕事・業界編」(ワニブックス、1260円)が、9月1日に発売される。
やる夫が主人公や語り部になって、職業や歴史、時事用語などを解説する「やる夫シリーズ」のうち、「やる夫がダービージョッキーを目指すようです」(ダービージョッキー編)と、「やる夫がマスコミに疑問を持ったようです」(マスコミ編)の2つを、ほぼ丸ごと収録した、全303ページの分厚い本だ。
ダービージョッキー編は、中学3年生のやる夫がふとしたことから騎手の頂点を目指し、紆余(うよ)曲折ありながらも成長していくストーリー。マスコミ編は、やる夫がマスコミについて疑問を抱きながら、マスコミの成り立ちや上手な付き合い方を学んでいく話だ。
「心を動かすダービージョッキー編と、考えさせられるマスコミ編。全く違う2本の作品を入れて、やる夫の奥深さを知ってもらいたいと思った」と、編集したワニブックスの佐田英毅デスクは話す。
初めて読んだ人にも分かりやすいよう、登場人物の説明や、文章内に登場する2ちゃんねる語の解説も付けた。読みやすい大きさにこだわり、A5を少しスリムにした形。表紙にはラーメンを食べるやる夫がでかでかと描かれている。
「2ちゃんねるは、便所の落書きなどとよく言われる。しかし、読むとすごくためになる、心を動かされる話がたくさんあることややる夫というこんなに面白いものもあるんだよと、ネットをあまり見ない人にも知ってもらいたい」――佐田デスクは“やる夫本”を企画した理由をこう話す。
制作には1年かかった。ストーリー選びや装丁、レイアウトまで妥協しなかったため時間がかかったという。掲載されたやる夫シリーズを読み込んでいるうちにも新しい作品が次々にアップされていき、候補がどんどん変わっていった。
掲載したダービージョッキー編も、決まりかけていた候補をひっくり返して入れたストーリーだ。競馬に興味がなかった佐田デスクは当初、ダービージョッキー編を読み飛ばしていたが、読んでみると物語としても面白く大きく心を動かされ、「とりこになった」という。どうしても入れたいと思った佐田デスクは、デザイナーに怒られながらも他の作品を取りやめてこの作品を入れた。
寝転がって漫画のように読むといった読み方も想定しながら、見やすさと手に取りやすさにとことんこだわった。スレッドの縦に流れる特性から、本の形状をやや縦長にし、自然に読めるようにした。
レイアウトにも時間をかけた。1つの投稿に対するレスが1つの見開きに収まるようにも工夫。余白が出ないよう細かく作り込んだほか、AAのサイズが見やすくなるよう調整した。
「1つずれたら全部ずれてしまう。デザイナーには相当負担をかけた。AAメインの本ってこれまでなかなか無かったので、もちろん中身はありものだが、1つのフォーマットとしてもいいフォーマットなんじゃないかと思う」
スレッドの内容はほぼ丸ごと移植した。「著しく正確ではない部分や意図的ではない誤字脱字、特定の団体への誹謗(ひぼう)中傷など、影響が出そうな点については編集した」のみ。アニメキャラクターのAAもそのまま掲載されている。
書籍化に当たり、2ちゃんねる元管理人の西村博之(ひろゆき)氏に相談。出版権譲渡の手続きをしてもらった。2ちゃんねるでは規約上、投稿の著作権を2ちゃんねる側に無償で譲渡することになっている。出版社は2ちゃんねる側から出版権を取得すれば、投稿者に許諾を得なくても“2ちゃんねる本”を出版できる。
だが、「投稿時に承諾を得ているとはいえ、もし自分が作者だったらなんとなく割り切れない気持ちになると思う。著作権料という形ではないが、ストーリーの作者に対してお金を支払いたい。お金なんていらない、と言われるかもしれないが、それが礼儀だと思っている」と佐田デスクは話す。
2つのスレッドの作者はそれぞれ、パスワードを使って投稿する「トリップ」と呼ばれる本人確認システムを使っていた。作者と名乗る人が出てきた場合は、トリップのパスワードを知っているかどうかで、本人確認できるという。
アニメキャラクターのAAの権利関係については、リスクも含めて社内で検討を重ねた結果、著作権上問題ないと判断。コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)に確認したところ、「黒でも白でもないグレー。絵を模倣したAAが、元の絵の著作権を侵害するかどうかは、判例もなく何とも言いにくい」という回答だったという。
今後、反響があれば、学問や時事用語に関するやる夫本も出したいという。「お金が入るわけでも、職業としてやっているわけでもない、誰かが『書きたいから書いている』やる夫シリーズには、重みや鋭さ、胸に迫るものがある。2ちゃんねるには、やる夫シリーズのような、無からできる文化がある。単なるアミューズメントでなく社会の風刺など、マスコミ以上の何かを持ち始めているのではないかと思っている」
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