クリスマスにはろくな思い出がない。
好きな人にデートをドタキャンされ、さびれた居酒屋でしょぼしょぼとホールケーキを食べたり、どこもかしこもカップルだらけのディズニーシーに家族で行っていたたまれない気持ちになったり……正直もう、なくてもいい。いっそ法律で、全国民が家でゆっくり過ごす日にしてほしい。なくていいよ、まじで。
だが今年も、クリスマスという現実に、記者(23歳♀)は立ち向かわなくてはならない羽目になった。先輩のIT戦士ことO記者(31歳♀)からある日、こんなふうに声を掛けられたためだ。
「ねぇ、クリスマス暇? ってか、暇でしょ?」
遊びにでも誘ってくれるのだろうか、わくわくする記者を制するかのように、O記者は続ける。「今年、わたしクリスマス予定あるから、あなた記事書いてよ どうせ暇なんだから」
O記者は、2003年〜08年まで6年連続イブを1人で過ごしてはその様子を記事にしていた(2003年、2004年、2005年、2006年、2007年、2008年)。だが今年は「予定があるから」記事を書けないという。あまりの衝撃に一瞬言葉を失う。O記者、本当はリア充だったのか……!
ちなみに予定って何ですか? 「ん? 婚活」。O先輩の目に情熱の炎を見た記者は、断ることなどできなかった。
なんだかんだいって記者は乙女だ。実は、高校時代から思い描いているあこがれのクリスマスがある。
12月24日。駅前の売れないケーキ屋の屋外売り場でアルバイト中の記者。コスチュームはサンタ服、背後にはクリスマスケーキが山と積まれたワゴンがある。
町を歩くのは、ラブラブなカップルや仲のいい家族連ればかり。年末の寒気がこたえ、さみしく、心細くなる。
ふとよそ見をした瞬間だった。……ドン!!!! 急いで歩いていた男性が、ケーキのワゴンに思い切りぶつかる。ワゴンが崩れ、記者の体に大量のケーキの箱が降り注ぐ。
ちょっと、どこ見て歩いてんの? 怒りを隠せずにらむように、記者は男性を見上げる。
そこに立っていたのはロングコートを着たイケメン。「ごめん、大丈夫?」。大丈夫なわけはないが、イケメンの言葉に怒りは和らぐ。「いや、大丈夫です」記者はそっけなく言う。目が合い、しばし見つめ合う2人。イケメンは言う。「本当にごめんね。あの、よければ、積んであったケーキ全部と、君をテイクアウトでください」
そして2人は夜の町へ……(妄想は続く)
あぁっ! たまらなすぎる……。文字にするだけで興奮してきた。ケーキ代なんて記者が全部払うから、今すぐさらってほしい。
どちらかと言えば現実的な妄想なのに、こういう場に遭遇することがないのはなぜだろうか。思えばここ何年か普通にしていても声がかからない。記者(自称美少女)のあまりのかわいさに、みんな遠慮をしているのだろうか。
いや、「草食男子」という言葉がはやる今、男性はみんなシャイ。自分から動かないと何も始まらない。手作りケーキを持って町に出よう。イルミネーションがきれいなところがいい。王子がぶつかってきてくれるかもしれない。
よし。レシピ投稿サイト「COOKPAD」でレシピを探し、一番簡単そうなものを選ぶ。クリスマスと言えばイチゴの乗ったショートケーキ。作ったことなど1度もないが、「初めて作ったけど、ふっくら簡単に焼けました!」とコメントが付いているし、大丈夫だろ。
ろうそくの代わりにLEDを用意した。目立つし、先端技術を追うITmedia Newsの記者という自分の仕事を理解してもらえそうだし、我ながらいいチョイスだ。
小麦粉や卵など材料をすべて混ぜ終え、型に流す。だが全部流しても液の高さは1センチ程度とえらく薄い気がする。なぜだ。分量通り作ったのに少なかったのかしら。時刻はすでに午後7時。早く出かけなきゃ! 「スポンジケーキ」って言うし、たぶんすごくふくらむんだろう。
オーブンに入れて20分ほどするといいにおいがしてきた。期待が高まる。わくわくしながらオーブンを開けた記者が見たのは、お好み焼きのような平べったい物体。色はキレイだが確実にケーキじゃない。生クリームよりソースが似合う。
しばし打ちひしがれていたが、時刻は午後7時半。早く出ないとイケメンが遊び歩くコアタイムが終わってしまう……。過去を振り返る時間はない。今回の失敗は、きっと材料が少なかったせいだと、3倍の量で再度挑戦する。
今度はちゃんとふくらんだ。なんとか完成。時刻は午後9時、生地がぼろぼろな気もしたがかまっていられない。大急ぎでイチゴとクリームを挟み、デコレーションする。カラフルに色が変わるLEDライトをケーキの中心に乗せ、コード型のライトをぐるぐると巻き付ける。あぁ、いい具合にマッチした。運ぶための箱を用意し忘れたため、ケーキの乗った皿にボウルをかぶせ、紙袋に詰めた。できたよ! 待っててね、王子。いざ行かん表参道!
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