資料シリーズ No.126
壮年期の非正規労働―個人ヒアリング調査から―
概要
研究の目的
若年非正規労働者の増加が問題視されてから20年以上が経ち、最初に「就職氷河期」と呼ばれた時期に学校を卒業した者が40歳前後に差しかかるなか、35~44歳層の非正規労働者(壮年非正規労働者)が、人数・割合ともに増加しつつある。このことは、既婚女性を除いてもあてはまる(図表1参照)。
本研究では、(1)壮年非正規労働者が非正規労働をするに至った原因、(2)壮年非正規労働者の仕事と生活の実態、(3)正社員転換を含め壮年非正規労働者がキャリアアップをするための条件を、仮説的に示すことを目的とする。
図表1 35~44歳の男性および未婚女性の非正規労働者数・割合の推移
(人数は万人、割合は%)
資料出所:総務省「労働力調査(詳細集計)」より。
注1:ここでは、「役員を除く雇用者」のうち、勤め先において「正規の職員・従業員」以外の名称で呼ばれている者を、「非正規労働者」とする。
注2:在学中の者は除く。
研究の方法
35~44歳の男女で、(A)学校卒業後、通算しておおむね10年以上の非正規労働経験があり、現在も非正規労働をしている方15名、(B)学校卒業後、通算しておおむね10年以上の非正規労働経験があり、35歳以上の年齢で正社員に転換した方10名に対して、ヒアリング調査を実施した。ただし、既婚女性は主たる調査対象としていない。
調査実施期間は平成24年10月~12月、1回のヒアリング調査は約2時間であり、集計・分析対象は25名のうちケースレコードの内容確認・掲載許諾が得られた23名である。
主な事実発見
(1) 非正規労働をするに至った原因
調査対象者(A)(B)へのヒアリングから、かれらが壮年期に非正規労働をするに至った原因を分析すると、次のようになる。
第1に、集計・分析対象者23名のうち、初職が非正規労働であった人は9名であった。
第2に、初職が正社員であった14名のうちの11名は、学校経由または大学在学中の就職活動で就職先を決めていた。すなわち、壮年非正規労働者の約半数は、学校から職業への移行という点においては、いわば「一般的」な過程を経ていた。
第3に、それゆえ、かれらが正社員の仕事を辞めた理由・経緯を理解することが不可欠である。ヒアリングからは、会社都合退職のほか、長時間労働・業務上疾病、理不尽な労働条件(過大なノルマなど)といった事情が浮かび上がる。
第4に、かれらが非正規労働を続けている理由、正社員転換をためらう理由を理解することも必要である。ヒアリングからは、「正社員=長時間労働」というイメージが普及していること、自身の疾病が関係していること、転職活動に金銭面だけでなく心理面でも様々な負担がかかること、などが指摘できる。
(2) 仕事と生活の実態
調査対象者(A)へのヒアリングから、壮年非正規労働者の仕事と生活の実態をまとめると、次のようになる。
第1に、フルタイムで働いていても、調査対象となった壮年非正規労働者の平均年収は200万円台半ばであった。また、昇給制度が適用されていない場合も多い。(ただし、小さくないレンジで昇給が行われているケースも一部にある。)
第2に、全体的に見て、壮年非正規労働者の仕事満足度は低い。不満の内実としては、雇用が不安定であること、賃金が低いこと、他の雇用・就業形態の従業員との賃金格差があること、社会保険に加入できないこと、などがあげられた。
第3に、壮年非正規労働者の過半数は1人暮らしをしており、預貯金が10万円未満と回答した人も多かった。他方で、両親と同居しており、ある程度の預貯金、株式保有をしている人も、少数ながらいた。
第4に、生活満足度は幅広く分布しているが、どちらかと言えば不満を抱いている人が多い。
(3) キャリアアップをするための条件
調査対象者(B)へのヒアリングから、正社員への転換が壮年非正規労働者の仕事と生活にプラスの変化をもたらす場合が多いことが読み取れた。そのことを踏まえ、壮年非正規労働者がキャリアアップをするための条件をまとめると、次のようになる。
第1に、正社員転換の要因として自社内でのOJTを指摘することもできるが、該当事例は少数であった。
第2に、これに対し、正社員に転換する上でより重要だと考えられるのは、職業資格の取得、同一職種での実務経験、成長産業(医療・福祉分野、IT分野)への転職、などである。
第3に、正社員に転換することで、労働条件が総合的にみて低下した事例も(10件のうち)2件あった。
第4に、非正規労働のままでキャリアアップを実現していた事例も一部に見られた。そこでは、会社が非正規労働者のスキルを把握し、スキルアップにともない仕事のレベルと賃金を上げていく仕組み、配属先を決めるにあたり本人と会社スタッフが相談する仕組みがあった。
(4) 「若年非正規労働」研究と「壮年非正規労働」研究
以上から、「若年非正規労働」の研究と「壮年非正規労働」の研究とでは、今後の研究で取り上げるべき論点が異なると考えられる。それらを整理すると、下表のようになる。
図表2 「若年非正規労働」研究と「壮年非正規労働」研究の大まかな論点対比
注:論点の違いを強調するために作成したものであって、必ずしもそれぞれの研究の全体像を正確に表現したものではない。
政策的インプリケーション
今回のヒアリング調査は、今後の研究のための仮説を構築することを目的として行われたが、そこから大まかな政策の方向性を導き出すならば、次のようになる。
第1に、壮年非正規労働者が非正規労働をするに至った原因を顧みるに、正社員の働き方の改善が求められる。具体的には、長時間労働の抑制、ワーク・ライフ・バランス施策の拡充(特に、自身の病気・ケガの治療と両立できるような就業環境の整備)が求められる。
第2に、(正社員の働き方の改善が求められることはたしかであるが、他方で)正社員への転換支援が欠かせない。具体的には、資格制度についての情報提供、資格取得に対する金銭的な補助、生活費補助による全日制学校への通学促進、それらの補助の仕組みを非正規労働者に周知すること、非正規労働者に対するキャリアコンサルティングなどが有効だと考えられる。
第3に、非正規労働のままであっても一定程度のキャリアアップが可能であることを示す事例もあった。具体的には、そのような会社では、非正規労働者に対する丁寧なスキル管理、キャリア管理が行われていた。このような人事管理を普及するためにも、非正規労働者の人事管理の好事例の収集・周知などが求められる。
第4に、正社員への転換支援、非正規労働のままでのキャリアアップの促進と並行しつつ、より多元的な働き方の普及が求められる。具体的には、いわゆる「多様な正社員」の雇用区分(特に、労働時間限定正社員)の普及が求められるとともに、同一企業内で期間の定めのない雇用契約に転換すること(無期社員への転換)の重要性が理解される必要がある。
政策への貢献
雇用政策研究会(厚生労働省職業安定局、平成25年11月15日)にて委員に冊子が配布され、非正規雇用関連施策を検討するための資料として利用された。
本文
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研究の区分
プロジェクト研究「非正規労働者施策等戦略的労働・雇用政策のあり方に関する調査研究」
サブテーマ「正規・非正規の多様な働き方に関する調査研究」
研究期間
平成24~25年度
執筆担当者
- 高橋 康二
- 労働政策研究・研修機構 研究員
- 奥田 栄二
- 労働政策研究・研修機構 主任調査員補佐
- 姫野 宏輔
- 東京大学大学院人文社会系研究科 博士課程
- 仁井田 典子
- 首都大学東京大学院人文科学研究科 博士後期課程
- 小野 晶子
- 労働政策研究・研修機構 副主任研究員
- 福田 直人
- 生活経済政策研究所 研究員
- (元・労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員)
関連の調査研究
- 調査研究報告書No.136 『フリーターの意識と実態―97人へのヒアリング結果より―』(日本労働研究機構,2000年)
- 労働政策研究報告書No.139 『登録型派遣労働者のキャリアパス、働き方、意識―88人の派遣労働者のヒアリング調査から―(1)(2)』(2011年)
- 資料シリーズNo.96 『契約社員の就業実態―個人ヒアリング調査から―』(2011年)