横浜市教育委員会は4日、定例会を開き、市立中学校など147校で2021年度から4年間使用する歴史と公民の教科書について、育鵬社版を不採択とした。鯉渕信也教育長と教育委員5人が無記名で投票し、歴史は帝国書院版、公民は東京書籍版を採択した。使用する生徒は全国最多の約7万4千人。
歴史は7社、公民は6社の教科書を審議した。定例会では、学識経験者や校長、保護者ら20人でつくる「市教科書取扱審議会」の答申が公表され、歴史は帝国書院版、公民は東京書籍版の評価が高かった。
採決を前に、大場茂美委員が「責任ある判断をする上で、冷静な判断ができる環境を維持したい」と無記名投票を提案。他の委員から異論は出なかった。投票の結果、歴史は帝国書院が4票、公民は東京書籍が5票で、育鵬社はそれぞれ2票と1票だった。
定例会終了後、会見した鯉渕教育長は「市教委の責任と判断で採択した。ゼロベースから議論した結果」と説明。育鵬社版が不採択となったことについては「新学習指導要領の実施に伴い、観点が新たになったことや(教育委員の)メンバーが変わっていることも影響しているのでは」との見方を示した。
市教委は09年、戦後の歴史教育を「自虐史観」と批判する「新しい歴史教科書をつくる会」が主導し、愛国心の育成を主眼に置いた自由社版の歴史教科書を市内8区で採択。11年以降、歴史認識を巡って賛否の分かれる育鵬社版の歴史と公民の教科書を採択していた。
「開かれた採択」道半ば
ようやく、現場の教員らの意見が反映された教科書が子どもたちの手に届く。戦後の歴史教育を「自虐史観」と批判する「新しい歴史教科書をつくる会」系(自由社、育鵬社)の教科書を採択し続けてきた横浜市教育委員会が、育鵬社版を不採択とした。1採択地区としては全国最大の自治体の決断が、他の自治体に与えるインパクトは大きい。
過去の採択は、「教科書調査員」に任命された現場の教員らの報告を基に出された「市教科書取扱審議会」の答申を覆し、教科書名を伏せて審議するなど、過程の不透明さが際立っていた。だが4日の定例会では答申を尊重した上、進行役の鯉渕信也教育長を除き、教育委員全員が教科書名を挙げて意見を述べるなど、透明性に一定の改善が見られた。不採択と合わせ、その点は評価に値しよう。
だが市民らの信頼を回復した、とまではとても言い難い。2015、19年に続き、今回も無記名投票を採用。鯉渕教育長は「教育委員会全体の合議制で決定している」とその妥当性を強調したが、誰が、どういう理由でその教科書を選んだのか分からないままでは説明責任を果たしたとはいえず、事後の検証もできない。
新型コロナウイルス感染症を考慮したとはいえ、広い新市庁舎に移転してなお、傍聴定員20人を堅持したことも柔軟性に欠ける。何より、異常と言っても過言ではない採択を続けてきた過去がある。市教委が基本原則の一つに掲げる「開かれた採択」に向け、さらなる努力を継続することが肝要だ。