ロシアの軍事侵攻が続くウクライナ南部の港湾都市オデッサに、老舗の日本食レストランがある。その名前は「神戸」。神戸市東灘区にある料理店「花里」の松平寿史さん(59)が、レストランのスタッフに日本食を教えた。侵攻後も弟子たちと連絡を取り合い、「私たちは料理人。武器を持って戦わないでほしい」と訴え続ける。
記者が「神戸」を知ったのは侵攻の直後。神戸市に拠点を置く新聞社としてつながりを感じ、「大丈夫ですか」と直接、レストランにメールを送った。
半月がたった今月16日、店のディレクター(店長)がロシア語で返信してくれた。店名は神戸市にちなんで付けられたという。営業を始めたのは阪神・淡路大震災があった1995年。ウクライナでも老舗の日本食レストランだった。
店のテーブルや椅子、鉄板などは全て日本製でそろえた。日本食だけでなく、日本のビールも提供し、こだわり抜いているという。
店はオデッサの目抜き通りにあるが、現在は目の前の道に戦車の侵入を食い止めるバリケードが設置され、店は休業を余儀なくされた。まだ攻撃を受けておらず、電気やインターネットも使える穏やかな状況だが、店のスタッフは仕事がなく、苦しいという。
メールには「一部の従業員はウクライナを守るため店を去りました」と書かれてあり、神戸市にいる友達で、日本食の先生である松平さんを紹介してくれた。
◇
松平さんは「口では言い表せないぐらい、いろいろなことがあった」と、かつてレストラン神戸の料理人だったウクライナ人男性の写真を見せてくれた。
1枚は日本料理を神戸で学んだときにメリケンパークで撮影した笑顔の写真。もう1枚は「国のために戦争に参加します」というメッセージとともに送られてきた兵士姿の写真だ。
松平さんは「あなたは兵士ではない。料理人です」と男性に呼び掛けたが、男性は「分かっている。ただ、ウクライナを守らなければならない。ありがとう、私はあなたのことを忘れない」と書いていた。
松平さんは「みんな死を覚悟している。自分の教え子が戦いに行くのがこたえる」と声を絞り出す。
オデッサでは「明日は攻撃される」と毎日のようにささやかれるが、20日時点では平穏という。松平さんは、スタッフに日本やロシアでどのように報道されているか伝え、現地の状況と重ね合わせる。
「うその情報が流れている。真実は、多くのウクライナの人々が怖がり、料理人が銃を持って戦おうとしている」と松平さん。「ウクライナだけでなく、若いロシア兵も死んでいる。なぜ西側諸国は武器だけ与えるのか。ウクライナ人もロシア人も日本人も同じ人間なのに」
松平さんは神戸での避難民受け入れを求める。「ウクライナ復興村をつくることは可能だと思う。そのための手伝いもする。みんなで守ってあげてほしい」
◇
レストラン「神戸」からのメールは、こう締めくくられていた。
「СЛАВА УКРАИНЕ!(スラーヴァ・ウクライニ)」
インターネットで調べると、「ウクライナに栄光あれ!」という意味だった。第1次世界大戦時に起きたウクライナ・ソビエト戦争(1917~21年)で確立したスローガンだそうだ。
ヨーロッパとロシアに挟まれ、100年後もこの言葉が声高に叫ばれる状況に、胸が締め付けられる。
(高田康夫)
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