想像して下さい、さんさんと日差しが降り注ぐオフィスで、上司と向かい合って座っている私の姿を。そして、彼のごわごわした白髪まじりの胸毛が会社のロゴの入ったポロシャツの首元からのぞいているところを。上司が座るすぐ後ろに目を移すと、ありました、アレが。これまでに解雇された全員が手にしてきた、歴史が染み込んだぼろぼろの箱。まるで誰かがさんざん踏みつけて無造作に放り投げたように、死んだように置かれています。会社をクビになりそう。そんな予感がしたとき、人は何をすべきなのでしょうか。ただ座して宣告を待つのか、それとも次の仕事を探すのか。原文著者は5つのアクションを取ることで、後腐れなく次の人生への第一歩を歩み出すことができたようです。キーワードは、映画でよく見るあの「箱」です。以下。
そこにはもちろん、会社の弁護士もいます。でも彼女はほとんど何も言いませんでした。きっと、私が解雇に抗議した場合に備えて同席していたのでしょう。
「実に言いにくいことですが」と、上司。
「ほんとうに」と、相づちを打つ弁護士。彼女は神妙な面持ちでした。まるで誰かに、彼女専用の駐車場がなくなったと言われたかのようです。
しばらくの沈黙の後、上司が言いました。
「あなたのポジションがなくなりました」。それから、彼の後ろにある箱を指し示したのです。「さあ早く、私物をまとめて!」と言わんばかりに。まずは「尊厳を保つプラン」を練る
私は小さなマーケティング会社で20年働いていました。けれども4カ月前、ある投資会社が私たちの会社を買収しました。私たちの会社が巨大な企業に飲み込まれるかもしれないという噂は何年も前から飛び交っていましたが、ついにそれが現実になり、何もかもが壊れ始めたのです。会議は暗い表情にあふれていましたし、通路で誰かとすれ違うのも、刑務所の敷地内でほかの囚人に会うように錯覚したほどです。中には、「助けて! 頭がおかしくなりそう」と常に表情で訴える同僚もいました。
この頃になると、私自身も胸騒ぎがするようになりました。バイスプレジデントとして戦略的な案件に関わってはいたものの、直観的に、自分がリストラ候補に入っているような気がしていたのです。被害妄想に取りつかれていたのは私だけではありません。ある日エレベーターで同僚と一緒になったのですが、彼はドアが閉まったとたん、クビになるのが怖くてたまらないと訴えてきました。私は、力になれることがあれば言ってほしいと伝え、とにかくできる限りのことをするよう励ましましたが、とても助けになったとは思えませんでした。今になって思い返すと、私も本気で何とかなると思っていたわけではありません。あのころは監視の目も厳しく混乱状態もひどかったので、新しいリーダーが打ち出した利益向上策にたとえ賛成できたとしても、精神をすり減らすようなあの混乱に耐えることはできなかったでしょう。
私にはプランが必要でした。今にも吐きそうな顔でうろうろと歩き回る状態を超えられる価値が、ポストイットに書き出すのに値する目標を書く気持ちを奮い起こしてくれる使命が、そして内面からわき出るような活力が必要だったのです。 「自分の尊厳を保つプラン」に着手したのは、会社が買収されてから1カ月ほど経ったころのこと。新しいCEOとのミーティングから戻った時でした(ちなみに彼ご自慢のモットーは決してランチを取らないことです)。重い足取りで自分のオフィスに戻ると、あふれんばかりの私物を入れたうす汚い箱を抱えた同僚が見えました。彼女はかなりショックを受けている感じで、会社の弁護士にエレベーターまで誘導されていました。もはやこれまでだ、と私は思いました。どうせ落ちるのなら、身軽になって落ちていこう。私は、たまっていた私物をすべて整理することにしました。いざ会社を去る最期の日には、数枚の写真とバッグしかない状態にしたかったのです。20年分の私物を、搬入用エレベーターの前に積み上がった不要な段ボール箱に詰め込むような真似はするまい、と固く心に誓いました。今ふりかえってみると、この直観があったからこそ、あの時期を乗り越えることができたのだと思います。バッグに私物を詰め込む作業をゆっくりと集中しながら行うことが、十分な気晴らしになったのです。また、この作業のおかげで、実際に解雇されたときに次の段階にすぐ進めるようになりました。実のところ、解雇されて以来、ずっとやりたいと夢見ていた執筆作業に取り組んでいる今ほど幸せで生産的な気持ちになったことはありません。私が失速せずに昔の幸せな自分に戻れたのは、解雇されそうだと思ったときに取り入れた5つの戦略のおかげです。
クビになった/なりそうだと思ったらやるべき5つのこと 1.大声で「クビになった」と言おう まず口に出して、次に書き出してみましょう。解雇されるという経験は、トラウマにもなりえます。これに対処する方法は、紙とペンを用意して、あらゆる思いを書いてみることです。私の場合は、日記にぶちまけることが土台作りになりました。ネガティブな感情を外に出すことで、動転することなく集中して前進する助けになったのです。 2.何もしない時間を作る。あるいは、これまで時間がなくてできなかったことをする 力を抜くことでストレスが和らぎます。しばらくの間リラックスすると、ショック状態の心と体に余裕が生まれてきます。私は毎晩お風呂に入るようにしました。毎朝歩き、『The Oprah Magazine』誌(「アメリカのみのもんた」ともいわれる大物女性司会者が刊行する雑誌)や『Sunset』誌(インテリアや料理など、アメリカ西部の生活を特集する雑誌)のバックナンバーをむさぼり読みました。がらくたの山を片付けて、寄付もしました。並行して今後の行動計画を立てたり、新しい気持ちで再スタートを切るまで経済的に何とかしのいでいけるよう、家計の予算を組んだりもしました。 3.大きな夢をもつ 「一度でいいから働いてみたい」と思う職場をすべて書き出してみましょう。実際に働くうえで必要な実習経験や学位が一切なくても、あなたにとってわくわくするような仕事はなんでも、とりあえず「あこがれの仕事リスト」に載せましょう。このリストは無限に続きます。少なくとも私の場合はそうでした。監獄のような企業をやめたところだったので「非営利なら何でも」から、とても自由そうに思えた「トラックの運転手」まで、あらゆる仕事を書き込みました。
4.やるべきことを5つ決めて毎日実践する あこがれの仕事につくために役立つことを、少なくとも5つ決めて、毎日やりましょう。あこがれの仕事がわからない場合は、リサーチや電話をしたり、本屋や図書館に行ったりするのでもいいのです。新たな活力の源になるようなこと、何かを始める良い機会になると思われることを5つ実践しましょう。去年のクリスマスパーティで、とてもいきいきとした聡明な人に会いませんでしたか? もしそういう人がいたなら、お茶に誘って秘密を聞き出してみましょう。私は解雇されるまで、知らない人に会ったり人脈を広げたりすることにあまり熱心ではありませんでした。今では、皆がお互いにつながって前に進むからこそ、世界は動いているのだと思っています。お茶をしながら得たヒントや仕事、チャンス、励まし、アイデア、そして知恵は、私にとってかけがえのない宝物になっています。
5.とことん自分に素直になるあなたは、「退屈なミーティングや無責任な上司がいない世界での自分」がどんな人間だったか覚えていますか? そんなの、わからないって? それではまず、あなた自身の頭の中を掘り起こしてみてください。
私は長い間、自分ではないほかの人を喜ばせたり、自分では勝手に決められない目標を達成したりすることに一生懸命だったので、人生がまとまりのない状態でした。私は誰? 何がしたいの? こうした問いを自分に投げかけてみても、最初は壁にぶつかって跳ね返ってくるだけだったのです。けれども、人生計画を立ててそれに従うようにしたら、世界がはっきりしてきました。私が今、何かを成し遂げたいと考えるうえで気に入っている質問は、「なぜ私ではだめなの?」というものです。
私は、たとえクビを宣告されても、私物をたくさん抱えて出ていくような恥ずかしい姿だけは避けようと思っていました。ぼろぼろの箱のなかに残りの自尊心を詰め込むような真似はしたくなかったのです。実際に解雇されたときの感覚はいまでも覚えています。上司に「ポジションがなくなった」と告げられた時にはすでに準備はできていたので、平然と自分のオフィスに戻り、バッグと机の上に残していた写真立て2つだけをつかんで、その場を後にしました。ビルの玄関にある大きなガラスのドアを通って警備員に最後のお別れを言ったとき、私は箱なんて1つも持っていませんでした。それは私にとって、箱を持たずに次の冒険に直接飛び込む、素晴らしい「最初の一歩」だったのです。
Amy Shouse(原文/訳:湯本牧子、合原弘子/ガリレオ)
Illustration by Tina Mailhot-Roberge and photos by Thinkstock/Getty Images.