アルフレッド・アドラーは、オーストリア・ウィーン出身の心理学者。現代の心理学に大きく貢献し、「自己啓発の父」と呼ばれているにもかかわらず、フロイトやユングに比べると圧倒的に知名度が低い人物でもあります。

自分の理論を他者が利用することに寛大で、関心がなかった。

論文や著作を残すことが少なく、理論が体系化される前に亡くなってしまった。

フロイトらと異なり、学派の弟子たちを強固に組織化しなかった。

ナチスドイツのユダヤ人迫害により、アドラー派の多くの人々が殺されてしまった。

功績が大きいのに無名である理由としては上記が考えられますが、「シンプル」で「明快」で「あたりまえ」な言葉の数々は、現代のビジネスパーソンも共感できる力に満ちあふれています。

『アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』(小倉広著、ダイヤモンド社)は、そんなアドラーの考え方をわかりやすく解説した書籍。きょうはその考え方の基本ともいえる部分に触れた「すべてあなたが決めたこと ──自己決定性について」から、いくつかを引き出してみます。

「人生が困難なのではない」その理由

「人生が辛く、苦しい」のではなく、あなたが、自分の手でわざわざ「人生を辛く苦しいものにしている」

この言葉は、アドラーの基本的な考え方を象徴的に言い表しています。現在の人生を決めているのは「運命」や「過去」のトラウマではなく、自分自身の考え方であるということ。つまり、いつでも決意すれば、自分の人生をシンプルにすることができる。「人生を困難にしている」のをやめればいいということです。(「1」より)

人間は自分の人生を描く画家

「運命」は、自分の力ではどうもできないものと思われがちですが、変えられないものは「宿命」。「運命」の「運」は「運ぶ」「動かす」という意味なので、「運命」は自分で「動かす」ことができる。著者はわかりやすく日本語に置き換えることによって、アドラーの考え方をこう説明しています。

私たちのこれまでの人生は、遺伝や生育環境、生まれ育った地域など、多くの事柄に影響されてきたからこそ成り立っている。しかし、それらを上回る決定要因は私たち自身が下してきた数百万、数千万回のさまざまな決断だといいます。そしてその決断は誰かに強制されたものではなく、自分が、自分の意志で下してきたもの。このとこについてアドラーは、「できないことはない。人はどんなことでもできる」という力強い言葉を残しています。(「2」より)

遺伝や環境は単なる「材料」

アドラーは遺伝や生育環境の影響を否定したわけではありませんが、その影響は限定的で、すべてではないとしています。「母親にガミガミと叱られたから引っ込み思案になった」のではなく、「引っ込み思案になる、という方法を自分で選んだだけ」だということ(このような論理展開は、アドラーの考え方を読み解くうえでとても重要です)。

アドラーは遺伝や生育環境を、家の建築材料に例えたそうです。同じ材料(遺伝や環境)を使ったからといって、同じ家が建つとは限らない。材料はあくまでも材料であり、それをどう使うかという自由を私たちは持っているということ。そういう意味で、いまの自分の人生は、自分が材料を使って自分で建てた「自分自身の家」だというわけです。(「4」より)

過去の原因は「解決」にはならない

アドラーが心理学者としてスタートした当初に心理学会で大きな力を持っていたフロイトが、「人間は過去に蓄積された『性的な力』(リビドー)に突き動かされるのだ」と提唱したことは有名な話。つまり、人は過去によって規定され、自分で未来の自分自身をコントロールすることはできないと言ったわけです。

しかしアドラーは、この考え方に真っ向から反論を唱えました。行動は、遺伝や育て方などの「原因」によって規定されるのではないというのが彼の考え。そして、人は未来への「目的」によって行動を自分で決めている。だから「自分の意志で、いつでも自分を変えることができる」と、「目的論」と「自己決定性」を唱えたのです。その考え方は結果的に現代心理学の常識となり、フロイトの「原因論」は過去の遺物になっているのだとか。

著者はここで、原因は「解説」にはなるけれども、なんの「解決」にもならないと主張しています。なぜなら、過去を変えることはできないから。つまり過去に執着するのではなく、自分の意志で未来の「目的」を変え、行動を選びなおせばいいということ。

このように、アドラー心理学で考えれば、いくらでも問題の「解決」は可能だというわけです。(「6」より)

「1テーマ1見開き」という構成なので読みやすく、また著者の解説も平易で魅力的。そんなこともあり、本書に目を通せばアドラーの考え方を無理なく理解できるはず。人生をポジティブに捉えなおすためにも、ぜひご一読をお勧めします。

(印南敦史)