よくある勘違いが、「コミュ力」とは、テレビのアナウンサーや芸人のように、流暢に、人にウケる話をしたり、アップルのスティーブ・ジョブズのように華やかなプレゼンテーションをしたりといった能力のことだと考えていることです。(中略)もちろん、それらも「コミュ力」の一つではあるでしょうが、すべてではありません。しかも、私たち一般の人間が必要とする「コミュ力」はそういった能力ではありません。(「はじめに」より)

つまり『戦略思考で鍛える「コミュ力(りょく)」』(増沢隆太著、祥伝社新書)は、私たちに必要とされるべき「コミュ力」について解説された書籍だということ。なお著者によれば、戦略的に考えることによって「コミュ力」は誰にでも身につけることができ、就職活動、ビジネスパーソンの日々の仕事、キャリアデザインなどに役立つのだとか。

まずは第2章「コミュニケーション力は、戦略思考で鍛える」から、コミュニケーションのメカニズムについての記載を見てみましょう。

コミュニケーションのメカニズム

コミュニケーション能力のない人が、「コミュ障(コミュニケーション障害)」などと否定的な呼ばれ方をされています。しかし、そもそもコミュニケーションとは何でしょうか? 辞書の定義によれば、「連絡」「伝達」「情報」「通信」とありますから、なんらかの情報や意思を他者に伝えることで共有する行為といえます。先に「情報」や「意志」などの伝えたいメッセージがあり、それを伝えて広げるプロセスだということです。

メッセージは声として相手の耳に届き、それを相手の脳が理解することで初めて、送り手と受け手のコミュニケーションが成立する(手紙やメールも同様)。しかし大切なのは、相手がその情報に同意したり、反対したり、質問したりと、意見のやりとりが続くこと。どれだけ素晴らしいプレゼンテーションをしたとしても、単独では成立できないわけです。「伝えること」はコミュニケーションの半分でしかなく、あくまで双方向のメッセージのやりとりによってコミュニケーションは成り立つわけです。

そして、コミュニケーションを構造的に考えれば、自分の中で完結できる内的部分と、相手のなかで成り立つ外的部分に分けられるといいます。また、伝えたいメッセージ情報があって初めてコミュニケーションは成立するもの。よって、その根本であるメッセージがしっかりできていることが不可欠。(62ページより)

では、コミュニケーションを使いこなすために、私たちはどうすればいいのでしょうか? 著者はその点について、「3つの原則」を踏まえるべきだと説いています。

コミュニケーションの原則

コミュニケーションは、「話し方の上手さ」だけではないといいます。なぜならそれは、「達成したい目的があってこそのコミュニケーション」だから。コミュニケーション単体で能力向上を図ったとしても、その「目的」が非現実的だったり、目的として成立しないものであれば、どんなテクニックを用いても達成はできないということ。

本書が、目的の実現に向かって進む考え方である「戦略思考」をベースとしているのは、そんな理由があるから。そこを軸足として「伝える力」と「受け止める力」を向上させ、総合的に目標達成の能力を養成すべきだと考えているのです。ポイントは、プレゼンテーション能力などの「伝え方」はコミュニケーション能力の一部でしかなく、それだけでコミュニケーションすべてをカバーすることはできないということ。特に高いプレゼンテーション能力がなくとも、コミュニケーション能力は充分に高められるわけです。

コミュニケーション能力全体を向上させるために必要なのは、「伝え方」と「受け止め方」の双方を磨き、その土台となる「思考」を訓練することだといいます。そのために必要な、3つの「コミュニケーションの原則」を見てみましょう。(46ページより)

1.「目標設定」すること

伝えるためのカギとなる「主たるメッセージ」を絞り、そのコミュニケーションを通じて達成したい目的を明確化する。目的は達成したときの姿であり、ゴールの明確化ともいえると著者は記しています。逆にこの部分が不明確だったり、未確定だったりすれば、どれだけテクニックがあったとしてもコミュニケーションは成立しないわけです。(48ページより)

2.「相手目線」を持つこと

コミュニケーションには必ず相手がいるもの。そうである以上、理屈だけではなく感情をも含め、「相手がそのコミュニケーションを通じてなにを考え、なにを望んでいるのか」を汲み取る必要があるということになります。また意欲満々で臨むのと、しぶしぶ望むのとでは、まったくコミュニケーションの成り立ちが違ってくるもの。

コミュニケーションにおいて答えがひとつだけではないのは、感情の影響が大きいから。論理的には正しかったとしても受け入れられない、間違っているのに固執してしまうという、よくある状態を想定しているからだといいます。相手の本心を見抜くというような非現実的なことを目指すのではなく、常に「相手はどう思うのか」を考える姿勢を保つことが大切だということ。(48ページより)

3.「ロジック」が成り立つこと

ここでいうロジックとは、相手との理解の共通化が成立すること。いうまでもなく、自分本位の一方的な主張はコミュニケーションとはいえません。相手にわかりやすく自分の意見を伝えるために、自分の理屈ではなく、相手も受け入れることのできる論理的な整合性が必要だということ。

自分だけが得をするようなことを、相手に納得させることは不可能。自分も相手も得をする交渉だからこそ、コミュニケーションによって成り立たせることが可能になるという考え方です。

就職活動を例にとれば、志望動機を熱く語ったとしても、「入りたい理由」以上のことは伝わらなくて当然。採用するためのロジックが成り立つのは、「相手にとって、自分の入社がどれだけのメリットになるのか」という部分を応募先の会社が認めたときです。具体的にいえば、「御社に入ることが夢でした」というアピールだけでは、なにひとつ相手の意向に合致しません。「私を雇うことにはこれだけのメリットがあり、高いモチベーションを持って勤務するので雇ってほしい」とアピールすることが必要。素直に本心を打ち明けるのは正しいことかもしれませんが、少なくとも「相手を説得するロジック」ではないから。

だからロジック成立のために必要なのは、単純に「正しいこと」ではなく、相手が納得できる論理の組み立てにある。ビジネスの現場であれば、ビジネス上の「損得」、つまり利益(メリット)につながるかどうかがカギとなるということです。極端ないい方をすれば、たとえ間違ったことであったとしても、相手を説得できればコミュニケーションの目的達成は可能。ビジネスである以上、なにより大切なのは利益を得ること。「正しいか」「正解か」ではなく、相手にも利益があることを説得するためにロジックが成り立っている必要があるわけです。(50ページより)

このように、「コミュ力」を構造的な側面から深く掘り下げているところが本書の特徴。視点が客観的であるだけに、コミュニケーションの本質をきちんと理解することができると思います。

(印南敦史)