
「運動は身体に良い」と誰もがわかっていても、スポーツやランニング、筋トレなど本格的な運動を毎日のように行うのは、なかなか難しいもの。そこで注目したいのが、日々の生活のなかにある「移動」の場面です。普段、何気なく使っている交通手段を見直したり、工夫を取り入れることで、少しずつ健康的な身体に近づくことができると考えられています。
人々の健康に資する日本の自転車文化
私は人々の健康を支える「身体活動」を研究しており、そのなかでも、通勤や通学などの移動場面に着目しています。移動場面は、歩行、自転車、自動車、公共交通機関の利用の4つに大別できます。とくに徒歩と自転車は専門的には「アクティブ・トランスポート」と呼ばれ、街づくりや空間設計の観点から、その促進を図る流れが起きています。
移動手段にまつわる大きな話題というと、最近では電動キックボードのシェアリングの流行があげられるでしょう。2023年7月からは、一定の要件を満たすものについては16歳以上ならば無免許で運転できるようになり、急速に普及しました。
一方で、警視庁のまとめによると、2023年7月から2024年6月までの1年間で、電動キックボードでの交通違反により検挙された数は、全国で2万5156件にのぼったといいます。海外の都市部では事故やトラブルが相次いでおり、フランスのパリやオーストラリアのメルボルンではすでに電動キックボードのレンタルサービスが禁止になっています。
このように、短距離移動の際に気軽に利用できる利便性を有する一方、多発する交通違反などが社会問題化しつつあるわけですが、規制の是非は措くとしても、身体活動の面から考えると、電動キックボードの利用は必ずしも健康づくりにプラスにはならないでしょう。
電動キックボードが主に短距離移動で使われているとすれば、徒歩や自転車での移動の代わりに使われている可能性があります。実際、利用の約5分の1が10分未満という調査結果もあります。つまり、電動キックボードに乗っている分、身体活動の機会を損失していると言えます。
電動キックボードと似た用途の交通手段としては、シェアサイクル(自転車レンタル)がありますが、専門的には、立っているだけの状態と、動作を伴う活動は質が異なります。たとえば、同じ十分間でも、電動キックボードに乗った場合と自転車をこいだ場合とでは、どちらが息が切れたり体が熱くなったりするか、想像してもらえればわかりやすいと思います。活動強度や運動強度と呼ばれる体にかかる負担の度合いが全然違うのです。つまり、電動キックボードを使う代わりにシェアサイクルを利用した方が身体活動の観点からは望ましいと言えます。
なお、電動自転車の場合は、通常の自転車よりも電動機のアシストがある分、体への負荷は減りますが、それでも、電動キックボードのように単に立っているよりかは体を動かすことになりますので、健康効果は見込めます。見方を変えると、通常の自転車で行くにはちょっと遠いという距離の移動で、電動自転車の強みが発揮されるでしょう。
日本は、本格的なサイクリングが盛んな欧州などと比べて、いわゆる「ママチャリ」に代表されるように、普段着のままカジュアルに自転車を利用する文化があります。通勤・通学だけでなく、スーパーまでの道のりや、子どもの送り迎えといった日常的な場面で活躍する日本の自転車文化は、身体活動の面からみると、実はとても健康に寄与している可能性があるのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。