──その口ぶりだと、井上さんが訴えている相手は示談ではなく裁判を選んだようですね。
井上:なぜ争うことを選んだのかわかりません。取引先が訴えた相手は別の人でしたが、その人はプロバイダーが負けたらすぐ、示談の申し込みをしました。それでも100万円以上の額を払ったと聞いています。ひょっとしたら、もし負けてもお金を払わず、該当の箇所を削除するだけでなんとかなると思っているのかもしれません。勝手な思い込みですよね。
同じように勝手に思いこんで、これは合法なはずだと人の情報をネットで公開したのでしょう。でも、アナログなら簡単にわかる情報でも、用途が違うとプライバシーの侵害になります。有名な裁判の判例で、電話帳をスキャンしてネットにアップしたことがプライバシー侵害と認定されています。公衆電話に置きっぱなしになっている電話帳も、ネットにアップするとプライバシー侵害なんです。
──井上さんの絵にトレース疑惑をかけた人もいました。トレースについては、検証していたとしても、名誉棄損にあたりますか?
井上:検証したとしても名誉棄損になります。人の意見を参照しているのではなく、その人の言葉として「トレースだ」と言ってしまっているならアウトです。僕はトレースをしていないし、向こうは裁判でトレースをしていることを証明しないとならないけれど、線のないフィギュアの写真からトレースしたとか言いがかりがほとんどで、これをトレースの証明にするのは難しいでしょう。
──それでも、何かというと「トレパク(トレースしたパクり)だと言いたがる人はネットに多いですね。
井上:常に思うのですが、なんでトレースするのかわけがわかりません。何かを写すという行為は普通に描くのよりずっと遅くなるからです。見て描く写生ですら遅くなるのに、手本を下に敷いて描いたらもっと遅くなって不便きわまりないです。何もない白紙から、ゼロから絵を描く人ならすぐにわかる感覚で、実際に僕は何度もその様子の動画をネットにアップしています。
きっと絵が描けないからわからないのでしょう。胸や腰など、描いていて一番、面白いところを、なぜトレースしなくちゃいけないのか。まったく理解できないです。
──ネット上の誹謗中傷や炎上をみていると、ものすごくたくさんのひとが大騒ぎしているようにみえるのですが、裁判をしてみると少数なんですね。
井上:僕の誹謗中傷をネットに書いている人は、人数にすると本当に少ない。片手で数えられるくらいです。実際、ネット炎上の研究によれば、ネット世論を形成するネット上の書き込みは、ネットに接続している全体のわずか0.5%にすぎないといいます。今年、まるで日本中が激怒しているかのような騒ぎになった五輪エンブレム事件のときは、実際にネットに書きこんでいたのは全体の0.4%しかないという調査もあります。
──ずいぶん少ないですね。
井上:その研究調査結果によれば、日本中が揺れたようにみえる五輪エンブレム事件も、中心人物は60人程度が暴走した結果ではないかと推測されています。だからもう、ネット炎上は意味がないことが常識になる日も近いんじゃないでしょうか。そして、ネット炎上を起こしても、損をするばかりで得をしないと世間に知れ渡るようになるでしょう。
●井上純一(いのうえじゅんいち)/1970年生まれ。宮崎県出身。漫画家、イラストレーター、ゲームデザイナー、株式会社銀十字社代表取締役社長。多摩美術大学中退。ひと回り以上年下の中国人妻・月(ゆえ)との日常を描いた人気ブログ『中国嫁日記』を書籍化しシリーズで累計80万部を超えるベストセラーに。2014年から広東省深セン在住だったが、2016年に日本に戻った。著書に『月とにほんご 中国嫁日本語学校日記』(監修・矢澤真人/KADOKAWA アスキー・メディアワークス)など。最新刊『中国嫁日記』6巻(KADOKAWA エンターブレイン)が発売中。