プロのグラフィックデザイナーに聞いてみた!同人誌の表紙デザインについて
忙しい時間の合間をぬってつくる同人誌。できるだけ多くの人に手をとってもらうには、やはり「表紙」が大切なのではないでしょうか。
表紙は、読者にいちばん最初に届く情報です。表紙が目をひくデザインなら、より多くの読者を獲得できるのでは?
そんな表紙はどうデザインすればいいのか?
■「大変なことを頼んでしまった」
白川:すべての作品にそれぞれ思い出はありますが、中でも丸木戸マキさんの『ポルノグラファー』は、特に思い出に残っています。
白川:官能小説家と、それをアシストする男子大学生のBLで、大学生が官能小説家の言葉を原稿用紙に書いていくシーンがあるんです。なので、男の人の文字がいいねという話になり、祥伝社の男性営業さんにお願いして原稿を書いていただき、素材として色々な場所に使わせていただきました。
文庫本のイメージを出したくて、全体的に素材感のある紙を使用しています。
── すごく手間がかかってますね。
白川:そこまでお願いしていいのかな、大変なことを頼んでしまったな、と申し訳なくなりました(笑)。
ただ同時にうれしくもありました。
そもそも、原稿を書いていただくという話に至ったのは、「こういうことがやれるとよいね」という編集者さん、丸木戸さんの打ち合わせでのご提案の流れがあったからです。原稿を書いてくださった祥伝社さんの男性営業さんは、大変な作業なのに快く受けてくださいましたし、そういったみなさんのポジティブな姿勢にはかなり影響を受けました。励まされたというか、とても印象に残っています。
でも、お仕事をいただいて作品を読んだとき、とてもおもしろいマンガだ……! と感動したんです。これは色々な人に読んでいただきたいと思いました。
どんな仕事でも、この作品を届けたい!という気持ちが重要だと思いました。■トレペ版『ワンルームエンジェル』
白川:この作品には採用されなかった幻のトレペ(トレーシングペーパー)カバーがあるんです。
白川:どんなことができるのか打ち合わせで話していた際に、はらださんが「天使がいなくなる表紙がつくりたい」とおっしゃってたので、トレペはどうだろう?という話になったんです。カバーをトレペにして、天使のみ印刷。本体表紙に天使以外を印刷する。トレペのカバーを外すと、天使がいなくなる仕組みです。
── なぜこちらが表紙にならなかったのでしょうか。
白川:書店に置いたときに目立たないかもしれないってことが大きいです。トレペを重ねることで、どうしてもカラーは沈んでしまうので。
── たしかに、鮮やかなオレンジの色がかすんでしまいますね。
白川:トレペをもう少し薄くして色味を出すことも考えたのですが、流通の関係で、これがギリギリの薄さなんです。
── 残念でしたね。
白川:手にとってくれた方には伝わる仕掛けではありますが、まずは手にとっていただかないと意味がないので、泣く泣く……。代わりに、総扉では天使が消えているイラストを使用しました。
あとはページによって、天使がちょっと見えていたり、そういった遊びをとりいれています。白川:そうです。描きたいものはありますか?というお話になり。ただ、表紙だけに配置するとぎゅうぎゅうになってしまうのと、人物が小さくなってしまうので、表紙と裏表紙にかけて配置して、少し余白をつくりました。
── 余白があることで二人だけの空間、という感じがしますね。
白川:最初、私の勝手なイメージだと天使が印象深いキャラクターなので、本当に白い空間にぽつんと天使だけがいるようなのがいいかなと考えていました。けれど、打ち合わせのときに、あまりしんみりした印象にしたくないというお話をうけたのと、やっぱりこの部屋がメインですし、タイトルも『ワンルームエンジェル』ということで、この表紙になりました。
── タイトルが小さいところもまた素敵です。
白川:絵の線が細かく多めなので、タイトルはすっきりとさせたかったというのが大きいです。ただ普通の話ではないので、違和感のようなものを与えたくて横置きにしました。
白川:計算というよりは、上手く言えないのですが、作品の世界観に浸ったままデザインをさせていただいた感覚です。中面にも色々な仕掛けがされているので、みなさんにもぜひ確認していただきたいです。
■文字がぬすまれた『制服ぬすまれた』
── BL以外のお仕事ですと衿沢世衣子先生の『制服ぬすまれた』の表紙も素敵です。
白川:衿沢さんが私にデザインしてもらいたいって言ってくださった仕事で、うれしかったです。
最初、「人物はいなくて、制服だけでもいいかもしれない」という話もあったのですが、それだとちょっと難解すぎるかもしれないと、表題作の女の子がメインとなりました。
── タイトルロゴもすごく個性的ですね。
白川:デザインラフを出すときに、私は説明をなるべくしないようにしています。極論ですが、作ったものを見て、受け手がどう感じるかが全てだと思っています。このデザインも同様でしたが、編集さんが「文字が盗まれていてすごくよかったです」って言ってくださって、まさにそう思いながら作っていたので、伝わったのがうれしかったですね。
── 衿沢世衣子先生の不思議な世界観が出てますよね。
白川:はい、なんとも言い表せない、独特な不思議さがあって、とても魅力的な作風ですよね。今回はタイトルも、見たときに「?」となるよいタイトルですし、ちゃんと読むことができて、かつ「不思議な話だぞ」ということが伝わったらよいなと。表題作以外の作品のキーアイテムを浮遊するように散らして、世界観を演出してみました。
── BLとそれ以外のお仕事で、デザインって変わるんでしょうか。
白川:考え方は変わらないですね。考え方は同じで、全ての仕事で答えが変わるというか……。
「ジャンル」という言葉で括るとすると、デザインの落とし込み方は変えています。人はあまりに見慣れないものを遠ざける傾向があると思うので、そのジャンルのセオリーはある程度踏襲するようにしていますね。そこに、自分なりの表現を加える、という感じでしょうか。
■自分の絵の魅力を知る
── では、読者が同人誌の表紙をつくる際のヒントをうかがいたいと思います。
表紙はどう考えてデザインしていけばいいでしょうか。
白川:わかりやすく言うと工業製品などにおける機能美のようなことだと思うのですが、作品のコンセプトさえ明確であれば、デザインに落とし込むことは難しいことではないです。
白川:たとえば以前、rasuさんの『三森さんのやらしいおくち』というBL作品のデザインをさせていただいたことがありました。「口のなかが性感帯」というインパクトのある設定があったので、「ひきの絵じゃないだろうな」「口のアップがいいかな」と完成像のイメージがすんなり浮かびました。
── コンセプトを明言化するのってなかなか難しいです……。
白川:もしコンセプトから考えるのが難しいようなら、「自分の絵の魅力はなんなのか」「何が足りないのか」から考えてもいいと思います。それでおのずとデザインは決まっていくと思います。
たとえば、「顔は描けるけど、身体が描けない」なんておっしゃる描き手さんもいますよね。
でも、身体が描けなくても、顔がかわいく描けるなら、それはすごく魅力的なことですし、かなりの強みです。顔だけバーン! って表紙でもいいんじゃないでしょうか。
塗りでもそうです。カラーよりもモノクロが得意なら、モノクロの絵を表紙にしてもいいと思います。特色の派手なカラーを地にして、そこにモノクロの絵をのせるとか、〇〇しかできない、で終わるのはもったいないと思います。それを魅力的にするには? と考えるとよいと思います。
── そういうアイデアもあるんですね! アイデアはどうやって増やしていけばいいでしょうか。
白川:ものを見るときに、ただ見るだけじゃなくて、なんで自分が魅力的に思うのか考えるくせをつけると、引き出しが増えていくと思います。ただ見てるだけだと、消費していくばかりで、自分の中に貯まるものがあまりない気がします。
私の場合、良いと思ったデザインを集めるようにしています。難しく考えず、素敵なものは手元に置いておきたい、というニュアンスも強いです。
白川:あとは美術館とか行くのもいいと思います。やはり、名作と呼ばれるものを見るのは大切なことだと考えています。あと、自分の好みがわからなければとにかく色々なものを見たり、知識を広めると見えなかったものが見えてきて、デザインに限らず、色々と引き出しが増えると思います。最近はあまり行けてませんが……学生の方などはぜひ今のうちに!
── 入稿直前でもできるようなデザインのテクニックなどありますでしょうか。
白川:難しいですね……。やはり時間はかかりますね。表紙のイラストすら描く時間がない人は本文のコマを使うのも一つのテだと思います。気に入っている、よく描けているコマを使ったり。
── 先ほどのモノクロ絵の表紙のようなテクニックですね。
白川:あとはフォントですね。時間をかけて作字する方もいますが、タイトルはわかりやすいことが大切なので、あまりいじらないほうがいい場合があります。
打ったらそのまま使えるような「自分の好きなフォント」を1つ持っておくとよいと思います。時短にもなるしデザインも楽しくなります。手書きでもいいですね。── では、最後に読者へのメッセージをお願いします。
白川:色々お話させていただきましたが、何か一つでも参考になれば幸いです。
とはいえ、同人誌の場合、サンプルを読んでから買う方も多いのかな?とも思いますので、あまり思いつめないでよいと思います。
同人誌は、自分だけで作れる作品なのですから、あまり悩まず自分の好きなようにやってください。
長々と恐縮です、ここまで読んでくださり、ありがとうございます。弊社の仕事がきっかけとなり、みなさんが素敵な作品に巡り合えるとうれしく思います。
■実際に、白川さんに同人誌の表紙をデザインしてもらいました!
デザインの考え方、アイデアを教えてくださった白川さん。
百聞は一見にしかず、ということでpixivユーザーhitujiさんの既刊同人誌『あめのひ、かぜのひ』のデザインを、リデザインしていただきました。
先ほどのお話が反映されたデザインはさすが!
考え方の流れにそって、3つデザインラフを作成しています。
同人誌の表紙に悩んでいるみなさま。こちらのデザイン、考え方を参考にしてみてくださいね。『あめのひ、かぜのひ』
【あらすじ】
大学の研究室でこっそり付き合っている先輩と後輩の短い話。風邪を引いてしまった先輩の看病をしながら、いつもと違って面倒を見る立場になったことに微かな喜びをおぼえる後輩。そんななかで、うたた寝してしまった後輩は不思議な夢を見る。
■白川さんによるデザインラフ
「元もデザインが丸いゴシックを使っていたので、ポップな方向にしたいのかな?と思いました。お話も、二人のかわいらしい、日常を舞台にしたお話だったので今回はゴシックを使おうと思いました。
とはいえ、絵柄がかわいらしいので、あまり丸みのあるフォントといよりは、ベーシックなゴシック体でほんのり丸みのあるフォントの方が画面がビシッとなるかと。
あとは、物語にもかかっていて、とてもいいタイトルなので、読ませる系のレイアウトにしたいと思いました」「こういうレイアウトも二人の日常を切り取った印象があってよいかな?と思いました。文字は、手書きで、ちょっとにじませてみました」
■hitujiさんのコメント
いただいたデザイン案を拝見して、どれもシンプルなのにぐっと垢抜けていて、見違えるようだ……とすごくうれしくなってしまいました!
私はシンプルな表紙が好きなのですが、「シンプル=とにかく要素を少なくする」くらいしか思いつかなくて、いつも絵の上にタイトルの文字を置くだけになってしまいます。
いただいたデザイン案は、シンプルで柔らかいイメージを保ったまま、それぞれ印象の違う3パターンになっていて、配置やフォントの種類、文字の透過処理、イラストのフチの処理など、シンプルと一言で言っても工夫できる点がいっぱいあるんだ……と気づきました。(アイデアの引き出しを増やすって、きっとこういうことなんですね……!)
絵がかわいい系なのでフォントは丸すぎないものを選んで画面を締める、というのが目からウロコでした。いつもフォント単体のスタイルをみて、なんとなく好みのものを使ってしまっていたのですが、今後は絵とあわせたときの効果を考えて使ってみようと思いました。
また、3案目は原案と少し違ったアプローチのデザインですが、まさに二人の小さな日常を切り取った、内容にぴったりの表紙案で感動しました。実は過去に手書きのタイトルで同人誌表紙を作ったことがあるのですが、なんだか雑な感じにみえてしまって悩んだ記憶があります。
白川さんのデザインを、イラストの上下に余白を大きめにとっていたり、サークル名のところはきっちりと整えていたりするので、ラフさを残しつつも、すっきり整った印象になっているのかなと、さっそくなぜ魅力的に見えるのか分析しながら眺めさせていただきました……!
素敵なデザイン案、どうもありがとうございました!