いったいチェルノブイリ原子力発電所爆発の犠牲者は二人なのか、二千人なのか。大事故をめぐるソ連のひた隠しとごまかしに、世界中から非難と怒りがうず巻くのは当然だろう。
▼ひた隠しにして国際的責任をとらないだけではない。右手で西独やスウェーデンなど周辺諸国に支援や助力を求めながら、左手では他国の原発事故をたたく。「特に米国は一九七九年だけで二千三百件の事故や故障が起きた」(タス通信)などとあげつらうのだから、あいた口がふさがらないのだ。
▼同通信によると「ソ連では初めての原発事故」というが、これも正直ではないだろう。英国へ亡命した反体制科学者メドベージェフ氏の報告では、五〇年代末のウラルで、地下に埋めた廃棄物が爆発、五百人が死ぬ核事故があったといわれる。
▼ソ連という国の情報統制や閉鎖性ぶりは今に始まったことではないが、問題がクレムリンの政変騒ぎや、経済不振の実態などなら秘密主義もやむをえない。百歩譲って国内旅客機の墜落事故かなんかであれば、公表の遅れを認めてもいいかもしれない。
▼しかし原発事故は史上最悪の「炉心溶融」(メルトダウン現象)というから、影響は場合によれば地球的規模になる。ブラックユーモアだった「チャイナ・シンドローム」も現実となりかねない。この情報の遅滞は、ソ連のお国ぶりとか体質とかでは済まされないのである。
▼プロメテウスは神の怒りをかいつつ人間に火を与えた。原子力はその火を受けついだ人類共有の英知であって、ソ連やソ連国民だけのものではない。ゴルバチョフ氏には、原発事故の全容を一刻も早く世界に公表する責務がある。
(昭和61年5月1日)