一般住宅に有料で旅行客を泊める「民泊」の規制緩和をめぐる論議が進む中、宿泊施設業界が反撃に乗り出した。最大団体の全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)が、フランスの業界団体を招いて「緊急フォーラム」を開催。同国のパネリストらが「フランスの失敗に学んで二の舞を避けよ」と、民泊の拡大にショッキングな警鐘を鳴らした。年間8000万人以上の旅行客を集める世界一の観光大国・フランスの現状は、「観光先進国」を目指す日本にとっての反面教師といえそうだ。
税を納めずぼろもうけ
「パリは、住民が住めない街になった」
ホテルやレストランなどの事業者団体「GNI」のディディエ・シュネ会長は、3月17日に都内で開かれた緊急フォーラム「民泊の真実」でそう嘆いた。
アパートなどの所有者がこぞって民泊営業に乗り出したため、パリの家賃相場が急上昇した。賃貸契約の25%が更新されないなど、住宅不足が深刻化。とりわけ観光客の人気スポット周辺では「住民が減った結果、学級閉鎖といった事態も起きている」(シュネ会長)という。
民泊仲介サイト最大手の米Airbnb(エアビーアンドビー)に登録されているパリ市内の民泊物件は約6万件、ベッド数にして約20万床。ホテル(11万床)の2倍近い。
2014年の訪仏観光客数は8370万人と08年比6%近く増えたにもかかわらず、逆にホテルの客室稼働率は59・2%と2ポイント以上低下。「業界の雇用減少を招いている」(シュネ氏)のが実情だ。
客足を民泊に向かわせているのは「価格差」だという。ホテルの平均宿泊料152ユーロに対し、民泊は同103ユーロと大幅に安い。ホテルと異なり、安全面やユニバーサル対応といった設備投資などが不要なためだ。
そのため、仏ホテル職業産業連合(UMIH)の試算によると、ホテル事業者の税引き前利益が売上高の5~10%程度なのに対し、民泊の場合は60~70%と、まさにぼろもうけ。
加えて「フランスの民泊ホスト(貸し主)のうち、きちんと確定申告して納税しているのはわずか15%」(UMIHホテル部門会長のローレン・デュック氏)に過ぎない。貸し主が偽名でも物件登録できるという仲介サイトの「匿名性」が、脱税の温床になっているというのだ。
「体験の共有」美名は真実か
では、誰が大もうけしているのだろうか。
UMIHの調査によると、パリ市内では「ディアーヌ」という30歳代の女性が150もの物件をAirbnbに登録していた。
さらに驚かされるのは、イタリアの女性「ビリンダ22歳」のケース。欧州全土で600件以上を貸し出していた。
この事実を昨年11月、英国やオランダ、ドイツなどの業界団体と共同で公表するやいなや、「ビリンダ」はAirbnbのサイトから自身のプロフィールを削除して雲隠れしたという。
「これらが個人を装った企業によるビジネスであることは明白だ」とデュック氏は指摘する。そうであるならAirbnbがアピールするような、個人と個人がサービスをやり取りし、出会いや体験を共有するという「シェアリングエコノミー」の名に値するとはいえまい。
日本は「まだ遅くない」
日本国内では、Airbnbへの登録物件が今年2月時点で3万件を数えるほか、中国系サイトの「自在客」なども急拡大を続けている。国や自治体による規制やルール作りが後手に回り、実態が先行している状況だ。
しかし、登録件数が20万にも上るフランスの域には達していない。GNIのジュネ会長は「日本が対策を打つのはまだ遅くない」と同業者らにエールを送る。
「観光立国」の実現を目指す日本政府は3月末、訪日観光客数を4年後に4千万人へ倍増させるという野心的な目標を掲げた。そのネックとなる宿泊施設の不足を補う上で、民泊の規制緩和は避けて通れない。
だが目標を達成したとしても、地域社会へのダメージや既存業界の衰退を招いたり、脱税の横行や収益の国外流出につながったりしては元も子もない。
フランスの例を見れば、民泊を健全な形で日本に定着させる上で、匿名性の排除や、無許可営業・脱税の厳正な取り締まりは欠かせない。その実効性を確保するためには、無数のホストをモグラたたきすることが難しい民泊の特性上、Airbnbや自在客などの仲介サイト事業者に法の網をどうかけるかがカギと言えそうだ。
厚生労働省と観光庁は、仲介サイト事業者に旅行業法に基づく登録を義務付け、ホストの管理責任を課すことなどを検討している。6月中にまとめるルール作りの方向性が注目される。(山沢義徳)