特定の人種や民族への差別をあおる言動をなくすため、国や自治体に取り組みを促すヘイトスピーチ解消法の施行から、6月3日で8年を迎える。条例の制定や差別を違法とする判例を後押しし、反差別の意識を醸成してきた一方、首都圏ではクルド人に対する排斥デモが昨年から頻発。参加者は、在日コリアンを攻撃してきた人物と重なる。放置すれば、差別は増幅する。解消法が掲げる差別なき社会の実現に向けて、何ができるだろうか。(森本智之、岸本拓也)
◆川口、蕨が排斥デモや街頭宣伝の舞台に
「不良外国人は日本から出て行け」「クルド人は母国へ帰れ」。26日午後、埼玉県川口市のJR蕨駅周辺。拡声器を手に、10人弱の男女がクルド人の排除を訴えて練り歩いた。
男女の周囲は県警の警察官が二重三重に警備。さらにその周りを、抗議する「カウンター」の市民ら数十人が取り囲み「ヘイトデモ中止」と叫んで、デモ隊のコールをかき消した。
約2000人のクルド人が暮らすとされる、県南部の川口、蕨両市がいま、排斥デモや街頭宣伝の舞台となっている。
◆デモ隊は一体どこから…他地域でも活動してきた人物
市民団体「川口の未来を創る市民の会」によると、クルド人へのデモが最初に計画されたのが昨年10月。ただこの時は、反対する市民が集まって中止に追い込んだ。以降、デモ隊を県警が厳重に守るいびつな形に。デモや街宣は今春以降、数が増え、5月は3週連続で日曜日に行われた。
主催しているのは、ヘイトスピーチを繰り返してきた「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の派生団体や、その関係者などだ。これまでは在日コリアンが集住する川崎市などで活動してきた人物が、川口、蕨にも現れている。
背景にあるとみられるのが、ヘイトスピーチを刑事罰付きで禁じた川崎市の差別禁止条例(2019年成立)だ。
ノンフィクションライターの安田浩一氏は「条例により、活動しにくくなった団体が転戦してきている」とみる。昨年の入管難民法の改正議論以降、ネットなどではクルド人へのヘイトが急増。こうした団体が、ネットに反応し「自分たちの差別的主張を繰り返すための新しい『ネタ』としてクルド人に飛び付いた」と分析する。
◆「彼らの『敵』はころころ変わり、結局は誰でもいい」
安田氏によると、在特会は09年、蕨市で暮らしていたフィリピン人一家の国外追放を求めるデモを行い、勢力を伸長させた。その後も、川口市内で2万人以上が暮らす中国人らへのデモを、同会関係者らが行ってきた。在日コリアンへのヘイトもしかり。「これまでの経緯を見ればよく分かる。彼らの『敵』はころころ変わり、結局は誰でもいい。差別をあおりたいだけだ」
川口市内の30代のクルド人の男性は「突然、犯罪者扱いされ、悲しい。日本の友人が信じてしまわないか、小学生の子供がいじめられないか不安」と漏らす。
◆「まさかその言葉がトイレの外に出るとは」
連日のデモでは、カウンターの市民も各地から集まっている。当事者としてこれまで川崎に通ってきた千葉県市川市の在日コリアン2世の男性(61)もその1人。「小さいころから、私たちに対して、トイレの差別落書きはあったが、まさかその言葉がトイレの外に出て、ヘイトデモのようなひどいことになると思わなかった。人ごとではない」と述べた。26日のデモでは、差別的な言葉であおられてデモ隊に詰め寄ろうとするクルド人がおり、必死に止めたという。「止めるのがつらかった。この気持ち分かりますか」
市民の間では、川崎市にならって、差別禁止条例を求める動きも起きている。有志で結成した「埼玉から差別をなくす会」のメンバーで会社員の中島麻由子さん(39)は「あまりにも異常な状況で怒りがあるが、法的な根拠がなければ止めるのは難しい。埼玉にヘイトを持ち込ませるのを防ぎたい」と訴える。
◆「ヘイトデモはかなり減った」
ヘイトスピーチ解消法は2016年5月、各地...
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