写真:浮き草 ゆきんこ
地図を見る紀元前5世紀から3世紀にかけて黄金文明を築いたトラキア人。トロイの木馬で有名なトロイ戦争にも参戦したトラキア人たちは、精巧な金属加工技術を持ち、戦争時は、金の装飾が施された鎧を身に着け、馬にも金の装飾を施すなど、黄金文明を築いた部族でした。
そんなトラキア人たちがなぜ今まで歴史の表舞台に立てなかったのでしょうか。それは文字を持たなかったことと、発掘調査の対象となっていなかったからです。
1944年、第二次世界大戦中に防空壕を掘っていた兵士によって偶然発見されたのが「トラキア人の墳墓」です。発見時はほとんどが盗掘されており、装飾品などはほとんど見つかりませんでしたが、トラキア人の風習や戦争時・葬儀の様子などが描かれたフレスコ画が時代を超え、色鮮やかなまま残されていました。このフレスコ画により、1979年、世界遺産に登録されたのです。
写真:浮き草 ゆきんこ
地図を見るトラキア人の墳墓のフレスコ画は、残念ながら見ることができません。隣接して作られたレプリカを見学することになります。
石組みでできている入り口を進むと、細長い円錐形の玄関、その先には回廊、そして一番奥がドーム型の天井の埋葬室という作りになっています。
入り口を見てもわかるように、中が狭いため、入場制限があります。3〜4人入ればいっぱいになるので、混雑時は待ち時間覚悟で。
写真:浮き草 ゆきんこ
地図を見る一番奥にある埋葬室を覆うドーム型の天井には美しいフレスコ画が残されています。音楽を奏でるもの、馬を世話するもの、食事を給仕するものなどトラキア人たちの生活が描かれていますが、中でも注目したいところは、お互いの手首をつかんでいる男女の絵。
これは当時の王と王妃が最後の別れを描いたものと言われています。王はたくさんの食べ物が並べられたテーブルの前に座り、王妃は頬杖をついているような感じに見えますね。さらによく見てみると、王妃が玉座のような立派なイスに座っているのがわかるはず。実は、トラキア人にとって女性は信頼できるもの、もっとも愛すべきものとして尊敬されるべき存在であり、そういった女性がいなければ、来世にたどりつけないと考えられていたからなのです。
写真:浮き草 ゆきんこ
地図を見るレプリカとはいえ、壁画のひび割れやかすれ具合がリアルに再現され、見応え十分!
回廊には、トラキア人たちの戦闘の様子がリアルに描かれています。トラキア人は馬と戦士を大切に扱っていたため、トラキア人の墳墓にかかわらず、各地の墳墓には馬と戦士が描かれているものが多く見つかっています。
ローマ時代によく行われていたと言われている二輪馬車の競技も描かれています。実はこの競技、トラキア人が最初に行っていたのです。
写真:浮き草 ゆきんこ
地図を見る入り口には、1944年の発見から1979年の世界遺産登録までの歴史が写真とともに解説されています。
日本語表記はありませんが、写真を見るだけでも歴史がわかるので中に入る待ち時間の間にでも見てみてください。
黄金文明を築いたトラキア人の生活様式や戦闘の模様がリアルにわかるトラキア人の墳墓は、ブルガリアの中心部、バラの谷で有名なカザンラクにあります。
また、各地のトラキア人たちの墳墓で見つかった見事な黄金の装飾品はソフィアの国立歴史博物館と国立考古学研究所付属博物館で見ることができるので、あわせて訪問するのをおススメします。
二千年以上前のトラキア人たちの生活がわかる見事なフレスコ画は一見の価値ありです!
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(2025/1/27更新)
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