その他の石田氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/28 07:42 UTC 版)
石田の氏姓は全国に散見され、多く地名に基づいている。地名は地質が石のように固い田の意で、岩田に同意。「石」は石高の石とする説もある。 石田姓は古くは皇別に例があり、垂仁天皇の皇子・五十日足彦命の子孫が山城国久世郡石田に住んで、石田君を称したのが始まりとされる。 時代は下って、相模国大住郡石田郷(現・神奈川県伊勢原市石田)からは、桓武平氏三浦氏流の石田氏が出た。三浦義明の弟為清は所持している蘆名の地にちなんで蘆名氏を名乗っていたが、その息子為景の子次郎為久は相模国大住郡石田郷を領有して石田氏を名乗っていた。木曾義仲を討ち取ったことで知られているが、その褒章としてさらに近江国石田村を与えられ、一族は同地に移住した。 武蔵国多摩郡石田村からは、小野朝臣横山党の石田氏が出ている。この系統は三浦氏流と同じように、武蔵国から相模国に分布している。 岩代国伊達郡石田村からは、藤原朝臣伊達氏流。朝宗四男の為家が石田を称し、伊達藩の重臣として仕えている。
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