基督兄弟団
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団体種類 | 包括宗教法人[1] |
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所在地 | 東京都豊島区千早2-1-3[1] |
法人番号 | 6013305000146 |
主要人物 | 澤啓一(理事長)[1] |
収入 | 不明 |
支出 | 不明 |
ボランティア人数 | 不明 |
従業員数 | 不明 |
ウェブサイト | http://kyodaidan.net/ |
基督兄弟団(きりすときょうだいだん)は、澤啓一が代表を務める日本の宗教法人である[1]。メノナイト系の「日本キリスト兄弟団(けいていだん)」とは別団体である。
福音派・きよめ派の源流の一つ |
ホーリネス |
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関連記事 |
人物 |
中田重治 |
プロテスタントホーリネス系福音派でホーリネス運動の流れを汲み、きよめ派の団体である。日本福音同盟に加盟している。
沿革
- 1946年2月 山元耕一と彼の兄弟が、「主にある兄弟姉妹として、仲の良い教会を作ろう」と、基督兄弟団という名で新しいキリスト教団を設立し、様々な神学的立場にあった牧師たちに呼びかけ、それに応えて集まった者によってこの教団がスタートした。しかし、第2回目の教団総会(年会)の折、戦前のきよめ教会(日本基督教団第9部)の田中敬止、森五郎、谷中広美など、主に中田重治の指導を受けた牧師らが中心となり、この教団を旧きよめ教会の延長線上にあると位置づけたため、山元耕一及び他の神学的立場にある牧師たちがこの教団を去ることとなった。それ以来、基督兄弟団はきよめ派の団体として活動を続けている。
- 1946年11月 茨城県の羽鳥に基督兄弟団聖書学院が開校する。
- 1958年 森五郎を指導者とした26教会が基督聖協団として分離する。
特徴
脚注
外部リンク
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基督兄弟団
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/04/27 04:10 UTC 版)
1945年(昭和20年)11月30日に、元きよめ教会の牧師森五郎、田中敬止、斎藤源八、中田羽後が教団の設立の案内を郵送する。翌年1946年1月~3日、新年聖会を開催して、「基督兄弟団」の設立が決められる。2月14日に谷中を夫妻を含め、10教会が参加する。宗教法人法令に従って、名称を「基督兄弟団」として届け、登記を行う。谷中は教団本部で会計係を担当する。 1947年5月に第1回総会が森五郎が初代の主管になる。 1947年(昭和22年)秋には、茨城県美野里町羽島(現、小美玉市)に羽島聖書学院を設立する。
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