川内 (広島市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/19 14:24 UTC 版)
川内 | |
---|---|
国 | 日本 |
都道府県 | 広島県 |
市町村 | 広島市 |
区 | 安佐南区 |
人口 (2018)[1] | |
• 合計 | 14,833人 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
731-0102 |
川内(かわうち)とは広島市安佐南区の地名。一丁目から六丁目までが設置されている。郵便番号731-0102(安佐南郵便局管区)。2018年6月末現在の人口は14,833人[1]。
地理
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歴史
1888年(明治21年)まで、広島県沼田郡温井村、広島県沼田郡中調子村。中調子は、もと中庄子。棚守房顕[2]記には、中小師と記されており、厳島領であった。
1889年(明治22年)の大合併により、沼田郡温井村、中調子村の2村が合併し沼田郡川内村となる[3]。
1898年(明治31年)10月1日、郡の統合により安佐郡に所属[4]。
1945年8月6日の原爆投下当日には、村内から「国民義勇隊」として動員された住民約180人が爆心地近くで建物疎開の作業に当たっており、被爆により全滅した[5][6]。
太平洋戦争後の1955年(昭和30年)に安佐郡八木村、緑井村と合併し安佐郡佐東町となる。1973年(昭和48年)に、広島市と合併し広島市佐東町。1980年広島市が政令指定都市に指定され広島市安佐南区川内となる。[7]
経済
産業
- 企業
文化財
- 八幡神社 (中調子) - 仲哀天皇、応神天皇、仁徳天皇を祀る。武田義信の祈願所として建立されたと伝えられている。
- 八幡神社 (温井) - 応神天皇を祀る。
- 明圓寺 - 福島山と號す。慶長9年に行空により創立される。
- 浄行寺(じょうぎょうじ) - 「温井村にあり竜頭山と號し、永正5(1508)年戊辰僧浄覚開基」とあり山号は竜頭山と號していたが、明治20年代に本願寺の「燈」運動に刺激され、竜燈山と改めた[9]。禅宗であったが、天正2年に浄土真宗改宗。
施設
交通
道路
人口・世帯数
2018年6月末の人口・世帯数は以下の通り[1]。
町名 | 人口 | 世帯数 |
---|---|---|
川内一丁目 | 3,644 | 1,492 |
川内二丁目 | 2,619 | 1,029 |
川内三丁目 | 1,838 | 685 |
川内四丁目 | 1,587 | 662 |
川内五丁目 | 2,510 | 1,011 |
川内六丁目 | 2,635 | 1,019 |
計 | 14,833 | 5,898 |
ゆかりの人物
脚注
- ^ a b c 広島市 人口,世帯数(町丁目別) 2018年8月9日閲覧。
- ^ 棚守職は、神棚を守ると云う意の厳島神社の職名で、大宮棚守、客人宮(まろうどのみや)棚守、外宮棚守の三職があった。棚守房顕(たなもりふさあき)は、1495年(明応4年)に厳島社本殿の棚守に生まれた人物。
- ^ “広島県安佐郡川内村 (34B0050016)”. 歴史的行政区域データセットβ版. 2023年6月26日閲覧。
- ^ 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年、230頁。
- ^ 戦後の川内地区「苦楽の記録」
- ^ 川内村国民義勇隊
- ^ 市町村数の変遷と明治・昭和の大合併の特徴
- ^ a b “「綾瀬はるか」新事務所設立と「本当に結婚なんて何もない」と親族は韓流婚否定も”. デイリー新潮 (2020年8月9日). 2024年5月23日閲覧。
- ^ 芸藩通志
- ^ “tapestry”. バフェット・コード (2022年5月12日). 2024年5月23日閲覧。
参考文献
- 『郡役所廃止記念 安佐郡誌 (復刻版)』芸備風土研究会、1975年(昭和50年)
関連項目
- 広島菜
- 広島市町名・地区一覧
- 川之内海賊衆(佐東衆)
- 安佐南区
「川内 (広島市)」の例文・使い方・用例・文例
- 細川内閣が成立した.
- 河道という,河川内の区域
- 川内市という市
- 24歳の川内選手は埼玉県内の学校に勤務している。
- 川内選手は2月27日に行われた東京マラソンで日本人選手の中で最高位の3位になった。
- この結果により,川内選手は今夏に韓国で行われる世界選手権の出場資格を手にした。
- 練習方針について話し合うため,日本陸連の幹部たちが川内選手を訪問した。
- 日本陸連はまた,川内選手のスケジュールや練習を管理する人を雇うことも考えている。
- 日本陸連のある幹部は,「川内選手は長期の合宿をやったことがない。川内選手の学校には,彼が合宿に参加できるよう長期休暇を取らせてあげてほしいとお願いした。」と語った。
- 川内選手,福岡国際マラソンで3位入賞
- 川内優(ゆう)輝(き)選手(24)は2時間9分57秒のタイムで3位となった。
- 川内選手と今井正(まさ)人(と)選手の五輪の日本代表団の枠をめぐる競争は激しかった。
- 川内選手は埼玉県内の定時制高校で常勤で働いている。
- 川内選手,別(べっ)府(ぷ)大分マラソンに大会新記録で優勝
- 2月3日,川内優(ゆう)輝(き)選手が別(べっ)府(ぷ)大分毎日マラソンに2時間8分15秒の大会新記録で優勝した。
- 川内選手は埼玉県の高校に勤めるアマチュア選手だ。
- 28キロ地点付近で,川内選手とロンドン五輪男子マラソン6位入賞の中本健(けん)太(た)郎(ろう)選手が先頭集団から抜け出し,他の選手を大きく引き離した。
- 残り1.6キロで,川内選手は中本選手を引き離し,そのままレースを制した。
- しかし,川内選手はレース前夜に好物のカレーライスを食べた。
- 別府での成績により,川内選手は世界陸上の出場枠を手にする可能性が高い。
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