本多助寵とは? わかりやすく解説

本多助寵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/22 07:08 UTC 版)

 
本多助寵
時代 江戸時代末期 - 明治時代
生誕 嘉永7年5月13日1854年6月8日
死没 明治2年8月14日1869年9月19日
戒名 成就院励誉功道徳山
墓所 長野県飯山市奈良沢の忠恩寺
幕府 江戸幕府
主君 明治天皇
信濃飯山藩
氏族 本多氏
父母 父:本多助実、母:諏訪忠恕の五女・倭子
養父:本多助成
兄弟 助成助寵、実輝、助順、実方、実秀、実賢、賢治ほか
テンプレートを表示

本多 助寵(ほんだ すけたか)は、信濃飯山藩の第9代藩主。広孝系本多家13代。

生涯

嘉永7年(1854年)5月13日、第7代主・本多助実の八男として生まれる。慶応4年(1868年)7月23日、兄助成の隠居により家督を相続した。しかし病弱だったため、政務は隠居していた父の助実が代行した。

明治2年(1869年)6月2日、北越戦争出兵への賞典禄として、明治政府から5000両を賜る。同年6月22日、版籍奉還にともない、飯山藩知事に就任した。その直後の8月14日に死去した。享年16。しかし、明治政府には死亡を隠して隠居届を提出したため、公的には以下のような経歴になっている。

同年8月24日、従五位となる。同年9月2日、隠居して実父の助実に家督を譲った。同年9月18日、死去した。

系譜

父母






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「本多助寵」の関連用語

本多助寵のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



本多助寵のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの本多助寵 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS