雑賀隆知とは? わかりやすく解説

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雑賀隆知

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/21 06:47 UTC 版)

 
雑賀隆知
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 明応3年(1494年
死没 天正10年6月18日1582年7月7日
別名 通称:半十郎
官位 紀伊守
主君 大内義興義隆義長毛利元就隆元輝元
氏族 藤原姓雑賀氏
父母 父:雑賀範治
松岡道興の娘
隆利、隆与、女子、男子(雑賀式部少輔養子)、丹治
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雑賀 隆知(さいか たかとも)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将大内氏毛利氏の家臣。父は雑賀範治。嫡男は雑賀隆利

生涯

明応3年(1494年)、大内氏家臣である雑賀範治の子として生まれ、大内氏に仕える。

毛利元就防長経略により弘治3年(1557年)4月に大内氏が滅亡すると、隆知は嫡男の隆利と共に毛利氏の家臣となった。

天正10年(1582年6月18日に死去。享年89。嫡男の隆利が家督を相続している。

参考文献




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