子どもの才能は褒めれば伸びる!? 絵画コンテスト審査員のある共通点
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「KODOMO新聞編集長」という立場から、小学生を対象にしたいくつかのコンテストで審査員を務めている。センチュリー21・ジャパンが主催する「家族がしあわせに暮らせる家 こども絵画コンテスト」もそのひとつ。今年は11月24日に読売新聞東京本社で表彰式があり、私も参加させていただいた。
受賞者のほか、その保護者や関係者およそ60人を前に「祝辞」を述べなければならない。人前に出るのが苦手だからといって、「おめでとうございます」の一言では当然、済まされない。演壇に上がった私は、手のひらに大量の汗を握りながら、次のような話をさせていただいた。
筆者のあいさつは……
小学生の頃の私は、とても落ち着きのない子どもでした。授業中にもかかわらず、胸から下げた名札をかじってみたり、ケシゴムをちぎってみたり……。授業参観に来た母親からは「みっともないからやめてほしい」と懇願されていました。
できの良い小学生ではなかった私にも、ひとつだけ「褒められた」記憶が残っています。市の作文コンクールに選ばれ、それが文集となって、市内すべての小学生に配布されたのです。自分の文章が活字となって印刷され、クラスメートの手に渡った瞬間は今でも鮮明に覚えています。
のちに自分が就職活動で「どんな仕事を目指そうか」と迷った時に思い出したのは、その記憶でした。そして自分が書いた記事が新聞に掲載される記者の道を選んだのです。
ここにいる皆さんにとってきょうの授賞式の思い出は、きっと私の「文集」のように記憶に刻まれ、10年後、15年後にきっとみなさんの財産となるはずです。
緊張状態にある私の言葉はしどろもどろで、現場ではこんなに滑らかには話せていなかったことはお断りしておく。
「勘違い」も才能のうち?
驚いたことに、ともに審査員を務め、私の後に登壇した俳優の倉中るなさんが「実は私も……」と話し始めた。
いわく、小学1年生の時に学校に行けなくなってしまったが、そのさなかに絵画コンクールで自分の作品が選ばれたこと、その時に先生から「1本の絵筆を持つことは100人の友達を持つことより価値があること」と教えられたこと、そのことでまた、学校に通えるようになったこと。倉中さんは現在、俳優やモデルのかたわら、その絵の才能を生かしてアーティストとしても活躍している。
審査員にはほかに、豪快なタッチとユーモアあふれる作風で人気の絵本作家・長谷川義史さんもいて、式典の最後に登壇した。そこで小学生の頃に絵画コンクールで受賞した経験が、今の仕事を目指すきっかけのひとつになったという自らの経験を話していた。
表彰式終了後、審査員同士で、「子どものころに褒められたことは、その子の将来に大きな影響を与える」とか「『もしかして才能あるかも』という勘違いも大事だ」という話で盛り上がった。
「作品を残してあげて」
私たち審査員にはもうひとつ、共通点があった。人生に大きな影響を与えた「力作」がその後、いずれも行方不明になっているのだ。長谷川さんは来場者に向けて「どうか子どもたちの作品をきちんと残してあげてください」と呼びかけていた。
そういえば私の作文が掲載された文集もどこにあるのやら。そもそも原稿用紙に書いたはずの作文は、自分の手元に返されたんだっけ? 我が家では、増え続ける子どもたちの荷物に追い出されるように私の荷物は縮小を続け、そうした思い出の品はほとんど残っていない。
もちろん現代ならば、作品をスマートフォンで撮影し、デジタルで保管するのが現実的だろう。でも写真だけでは、絵筆のタッチや、ケシゴムで消した
どうかこのコラムをご覧の保護者のみなさんも、お子さんの力作を可能な限り、現物で残してあげてほしい。きっとそれはいつか、子どもたちの将来を導く道しるべになるはずだから。
私はといえば、この年末年始に実家に帰省し、あの作文と文集を探そうと思っている。運良く見つけられたとしても、そのできばえを直視できず、記者を目指したことが「勘違い」だったことに気づかされるだけのような気がするけれど。
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