子育て事業「成果」の裏で生まれた舟橋役場内の対立…小さな村の大きな問題<上>
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職員の3分の1が被害を受けるというパワハラが横行していた日本一小さな自治体・富山県舟橋村。「多くの被害者が加害者でもある」という多重で複雑な事態が起きた原因はどこにあったのか――。村長が「アットホーム」と称した村の裏側に迫った。(川尻岳宏、上田津希乃)
「村民不在で継続」…他部署の業務終わらせようと批判文書作り
「いい内容や。これで(事業は)終わりやな」。舟橋村役場内で昨年1月、こんな雑談をしながら職員2人が文書をまとめていた。選抜された10人程度の職員が担当する地方創生事業を「村民不在で継続していた」と批判する文書だ。
村役場の職員は約30人。課は総務課と生活環境課しかなく、多くの職員は1階の見通しのよいワンフロアで仕事をする。村関係者は「隠すそぶりもなく、堂々と作成していて感覚を疑った」と振り返る。
この文書は同27日、村議の手で村議会に提出された。実証実験などに国の交付金(1億8500万円)を投じたことについて「事業成果といえるものが実質ない」などと指摘している。村は第三者委員会を設置し、今も費用対効果を検証している。
ベッドタウン…転入・出生率の上昇で事業を開始
舟橋村は富山市のベッドタウンとして発展し、平成に入って新住民が急増した。そこで、村は2015年に「子育て共助による地方創生」事業をスタートさせた。アプリを開発して子育て世帯が送迎や託児などの情報を交換できるようにし、小学生以下の子どものいる世帯向けの賃貸住宅も建設した。
この結果、15~19年の子育て世代の転入は倍増した。村の合計特殊出生率は1・37(16年)から、1・92(17~19年平均)に上昇。全国1・36(19年)を大きく上回った。新たに整備した公園は、子どもを「こども公園部長」に任命して、イベント内容や遊びのルールを自ら決める取り組みが評価され、国のコンクールで最高賞を受賞した。
地方創生事業については、古越邦男村長も「成果は出た。データでも明らかだ」と評価する。当時の担当者は「もはや村は新住民の方が多い。外部の知恵を得て、住民の満足度を上げなければならない」と見る。
「ちゃんと仕事せいや」…多忙重なり日常業務が停滞、庁舎内に積もる不満
だが、この事業のスタートで、庁舎内では“異変”が起きていた。担当者は富山大学や業者との会議に追われ、持ち場を離れることが増えた。住民票窓口では村民が列を作り、庁舎内では取れない電話の着信音が鳴り響いたという。
ある現役の職員は「村民から『折り返しの電話がない』というクレームもあった。私からすると『ちゃんと仕事せいや』って話だ」と憤る。パワハラの第三者委員会報告書では、加害者が女性職員を「窓口はお前の仕事だろうが」とどう喝したとされるが、日頃の不満が積み重なっていたという背景もあった。
地方創生事業の担当者に「エリート意識があり、担当外を見下している」と嫌悪感を抱いた職員もおり、華々しい成果を上げる一方、役場内で互いを傷つけあい、パワハラと批判しあう泥沼が生まれていた。
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第三者委の報告書によると、村ではここ数年で、少なくとも4人がメンタル不調で病休・通院状態になり、2人が退職している。一連の地方創生事業を進めてきた当時の生活環境課長は昨年8月、官製談合防止法違反容疑で逮捕され、有罪判決が確定した。
地方創生に詳しい金沢大学の佐無田光教授(地域経済学)は「事業を批判する意見書が議会から出た事例は聞いたことがない。事業検証のプロセスは大事だが、重視しすぎて事業が全く進まない例も全国には多い。住民から選ばれた首長が政治的な力で一気に進めることが必要な場合もある」と指摘している。