ボルダーに「合宿所」7000万で購入しスカウト、教え子が4年計画でマラソン五輪切符
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パリの大舞台を目指すのはアスリートだけでない。監督やコーチたちも手を尽くしている。五輪・パラリンピックを前に、どんな思いで選手を送りこもうとしているのか。支える人たちを紹介する。
マラソン女子・鈴木優花のコーチ 山下佐知子さん 59
3人目の五輪代表
教え子の中から2012年ロンドン大会の尾崎好美さん、16年リオデジャネイロ大会の田中智美さんに続く3人目の五輪マラソン代表として、鈴木優花(第一生命グループ)をパリ大会に送り出す。
指導者に転じた当初は、「行き当たりばったりで、中長期の計画という目線がなかった」と反省する。しかし、09年の世界選手権ベルリン大会で銀メダルを獲得した尾崎さんを育てる中で、計画を練って強化を進める重要性に気づいた。
大東大の鈴木を勧誘しに出向いた際には、強化プランをA4用紙2枚ほどにまとめて持参した。大学4年生を初年度として社会人3年目に迎えるパリ五輪までの4年間の行程表だった。
カギになるのが米コロラド州ボルダーでの高地合宿だ。結婚して米国在住となった尾崎さん夫妻が所有する家を合宿所として使わせてもらっており、鈴木を口説く際にも「世界で戦うためには高地に住むくらいのつもりでやらなければいけない。ボルダーに家もあるから」と説明していた。
ところが、鈴木の入社が決まった頃、尾崎さん夫妻がその家に住むことになった。「鈴木にはあんなふうに言ってしまった。うそをつくわけにはいかない」と悩んでいると、尾崎さんから近所の住宅が売りに出されているとの情報が届いた。「背中をドンと押された。もうこれは買うしかないなと」。自腹で約7000万円を出し、いつかは欲しいと思っていた、安心して使える拠点を確保した。
メダルの夢
昨年10月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)に向けたボルダー合宿で、鈴木は急激に調子を上げた。「そこまでは良い流れではなかったが、向かうところもはっきりしているし、志はずっと変わらなかった。『これならワンチャンスあるのかな』というところまでは持っていけた」。前評判は必ずしも高くなかったが、MGC1位で代表切符を勝ち取った教え子の勝負強さに、「何か持っているんでしょうね」と目を細める。
自身は届かなかった五輪のメダルを教え子たちと追い求めてきた。世界のマラソンはアフリカ勢の台頭が著しく、トップとの差は広がっているものの、「五輪や世界選手権では、何が起こるか分からない」と語る。パリ五輪に向けてもボルダーで事前合宿を張る予定だ。標高約1600メートルのマイホームで、番狂わせの策を練る。(田上幸広)
やました・さちこ 1964年生まれ。鳥取県出身。マラソン女子で91年世界選手権東京大会銀メダル、92年バルセロナ五輪4位。94年に選手兼特別コーチとして第一生命へ入社し、96年から監督。今年3月末で監督を退任し、4月からエグゼクティブアドバイザー兼特任コーチ。
[選手から]家族のような
鈴木優花 大学時代に五輪までのスケジュールをあらかじめ考えてくださっていたのにはびっくりした。その計画通り順調に来ている。環境を整えてもらっているありがたさを感じて、それに応えたいと思うことが頑張る原動力になっている。普段から感じたことは何でも話して、心の硬さをほぐしてもらっているので、家族のような距離感。これからもずっとついていきたい。