2023年05月26日
(聞き手:佐藤巴南 平野昌木 堀祐理)
「土って、これだけ科学が進んでも、人工的に作り出せないんです!」と語るのは土研究者の藤井一至さん。
調べるほどに新しいナゾが出てきて、わくわくが止まらないそう。私たちの身近に当たり前のようにある“土”の奥深~いワンダーランドを藤井さんに教えてもらいました。
そもそも研究者って、どんな仕事でしょうか。
研究の基本は、論文を読んで「どういう研究が今までにあって、何が分かっていないか」を整理して「こう解決できるかもしれない」と仮説を立て、実験で検証することです。
ただ土をやっている僕の場合、外に出て、まず“穴を掘る”ところから研究が始まります。
藤井 一至(かずみち)さん 1981年、富山県生まれ。土壌学者。京都大学(博士課程)卒。今は国立研究開発法人 「森林研究・整備機構森林総合研究所」の主任研究員としてスコップを片手に世界を飛び回り、日々、土と向き合っている。
「穴を掘る」って、想像していた研究者像でしたか?
まったく違いました(笑)
研究者って白衣を着てるイメージありますよね。
土の研究者は作業着を着て山に登って、スコップで穴を掘り、また何事もなかったように穴を埋め戻し、そして30キロの土を担いで山を下りる。
こんなに肉体労働だと分かっていたら、躊躇(ちゅうちょ)したかもしれないな(笑)。
土の研究者って、どのくらいいるんですか?
土だけを専門的に研究している人は、アクティブにやっているのは日本だと30人くらいだと思います。
少ないですね!
年1回、学会があるんですけど、30人だともはや同窓会です。
どんな肥料を使ってどういう土にしたらおいしい野菜ができるのかとか、農業分野を含めていくと、それだけニーズがあるので、一気に数千人規模になりますが、土の成り立ちや土そのものの面白さを研究する人は少ないんですよね。
そんな藤井さんにズバリ聞きたいんですが、土って何ですか?
とても難しくて、いい質問ですね(笑)
難しいんですか?
もちろん、わかってることはわかってるんですよ。土は、岩石の風化によって生まれた砂や粘土に、腐った動植物の遺体が混ざったものだといえます。
でも、土って人工的に作れないんです。
作れないんですか!
そう。これだけ身近なのに、いまだに土のレシピは分からない。
ちょっと土に興味、出てきましたか?笑
土にはたくさんの微生物がいて、土を作り続けています。大さじスプーン1杯の土に1万種類、100億もの微生物がいると言われています。
スプーン1杯に100億個…?想像がつかないです!
じゃあ、この微生物がどんな働きをしているのか、土から取り出して調べてみようと思いますよね。
ところが微生物の99%が土から取り出すと死んでしまうので、取り出せない。
「天空の城 ラピュタ」に「土から離れては生きられないのよ!」ってセリフがありますが、それがそのまま微生物に当てはまっているんです。
微生物が何をしているのかさえ分からないから土はまだまだ謎だらけで、ファイナル・フロンティア、地球最後のナゾともいわれています。
何だかわくわくしてきませんか?これはもう他のやつらには任せておけないぞ…!って。
深海とか宇宙とか一握りの人だけが研究できるトピックと違って、材料はすぐそこにあって、スコップさえあれば誰でも研究に関われそうなのに、です。
身近であり同時に科学の最前線でもある。そこが土の魅力ですね!
藤井さんが、そもそも土に関心を持ったのは、どうしてですか?
小さいころから、石ころが好きだったんです。
河原でキラキラした石ころを拾ってきて、何だろうなと思いながら図鑑を見ることが多かったですね。
そして高校生の時に、宮崎駿監督の映画「風の谷のナウシカ」や「天空の城 ラピュタ」を見て、「土って大事なんだな」って感じたんです。
ちょうど世界的な食糧危機や砂漠化などの環境問題について授業で聞いたりニュースで見たりして、問題意識があって。
映画で感じた「土が大事なんだ」ということと、昔から僕って石ころに詳しかったじゃん、というのが、突然、ぴっとつながった瞬間がありました。
僕が土を研究することで、そういった問題を解決することにつなげられるんじゃないかって思ったんです。
そこで興味と目標がつながったんですね。
もともと富山県の田舎の生まれなので、農業を毎日のように見てきている。
しかも石に詳しいから、すぐに土のプロになって、環境問題もすぐに解決できるんじゃないかと思ったんです。
それで大学に入って、いざ土について研究を始めてみたのですが、案外、知らないことだらけだったんです。そもそも土とは何か、ということを考えたことすらなかった(笑)。
すぐに土のプロになれると思っていた見込みの甘さを痛感しました。でも、とにかく土の世界が面白くて。
例えば、土が誕生したのは5億年前というのが衝撃でした。その5億年のなかで、土は岩石と微生物、植物、動物など多くの生物との相互作用の中で作られてきました。
身近な足元の土でも、日本なら1メートル掘れば1万年前の土に出会えます。100年間に1センチずつ作られている土の上で私たちは生きているんですよ。
すごくスケールの大きい話ですね。
今のところ、地球は生き物が確認されている唯一の惑星ですが、土は地球の特産物と言えるくらい、すごいものなんです。
研究を始めて20年近くになりますが、今も土がおもしろいのは、全然分かってないことがまだまだいっぱいあって、僕のわくわくが終わらないからですね。
土の研究者は少しマイナーな分野なのかなと感じましたが、研究を続けていくことに不安はありませんでしたか?
このトピックでいいのか問題ですね(笑)。
外からの評価はあまり気にしないようにしていますが、やっぱり人間は弱いので、気になるときもあります。
泥だんごを作っている僕を見て、親は「大学まで行って泥だんご作って、うちの息子は大丈夫なのか」と心配していたはずです。
僕の最初の研究テーマは「土が酸性になる仕組みの解明」でした。
大学の裏山で土の研究を始めて以来、土がなぜ酸性になってしまうのか、その原理を調べ続けています。
そんな基礎研究を10年以上続けてきましたが、30歳代前半まで1円も研究費を獲得できなかったり、大学にいくら応募しても就職先がなかったり。
「僕の仕事は人の役にも立つはずだ」と考えて、奨学金を借りたりアルバイトをしたりしながら続けてきましたが、酸性雨の研究との違いをハッキリさせられなかったために、「古くさい」「パッとしない」と評価されることが多かったです。
そのことに悩みもしましたが、土を掘って調べてってことをマイペースにやってる間は、自分が他者から評価を受けていないことも全く気にならずに、本当に心穏やかでいられることに気づきました。
趣味でも何でもいいんですけど、そういうものを見つけられたのは幸せだと思って。
なかなか理解されないこともあるんですね…。
基礎研究には応用まで時間のかかる研究も多くあります。ただ、私の研究は土なので林業、農業、家庭菜園という応用分野と常に接続しています。
もともと、食糧問題や環境問題が土への関心の始まりでしたから、自分の研究は最終的に社会に役に立つと信じていましたが、他者を説得するところまでいくのは簡単ではないですね。
実際に土が酸性になる基礎的な仕組みを理解して、日本やインドネシアなどの雨が多い地域で農業がうまくいかない理由を解明して、その対策を提案するってところまでできた時には、続けていてよかったと思いました。
続けることが大事なんですね。
自分の興味と社会的な需要が一致するといちばんいいんですけど、必ずしもいつも一致するわけではありません。
でも、この土がどうしてできたんだろう、なぜ酸性になるんだろうという基礎的なステップを経ずに、最初から農家の役に立つことだけを考えていたら、多分、大した研究ができなかったような気がするんです。これは難しいところなんですが。
中途半端な状態ではなく、世界で一番その分野を理解し尽くしてからでないと、確実に役に立つところまでいけません。
だから、社会のニーズを理解しつつも、僕は根底にある「もっと土のことを知りたい」という気持ちを大事にしています。
そんな藤井さんにとって、仕事とは何でしょうか。
これですね。
なんで僕は研究者になったんだろうかと考えると、やっぱり、いちばんは研究を楽しみたいからなんですね。好きなことをやっていたい。
研究ってうまくいかないことが日常茶飯事で、うまくいっている時の方が少ないんです。
土の微生物を調べたいのに遺伝子の抽出が何回やってもうまくいかなくて、帰り道に涙しながら帰る時もあるんですよ。
でも、根底にわくわくがあるからこそ続けられるんですよね。だから研究に飽きないように、自分がわくわくし続けるための工夫も必要だなと思います。
無条件にずっと好きを続けられるわけではないんですね。
そう。わくわくし続けようと思ったら、ルーチンだけでなく、ちょっと無茶なこともしなきゃいけないかなと思ってて。
自分がもし違う分野の専門家だったら、どうするんだろうって視点でも考えてみるとか。
例えば、土の専門家として「土なんて人間に作れるわけないだろ!」と思いつつも、研究者としてはその常識に対して「本当に?何かできないの?」と疑うような視点を持ち続けるように意識しています。
わくわくする気持ちで土にのめり込んでいった藤井さん。後編では、土を通じて藤井さんが社会とどう関わっていこうとしているのか聞いていきます。
撮影:豊田俊斗 編集:岡谷宏基
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