2020年07月20日
(聞き手:勝島杏奈 佐々木快 西澤沙奈 )
気象庁気象研究所の研究官・荒木健太郎さん。雲を知り尽くし、映画『天気の子』の気象監修も務めた荒木さんに、防災にも役立つ雲の見方を教えてもらいました。見つけたら気をつけなければいけない雲ってどんな雲・・・、きょうは空を見上げてみませんか。
映画「天気の子」の気象監修をされたそうですが、どういうきっかけだったんですか?
僕が書いた本を新海監督が読んでいて、それが気象監修のきっかけになりました。
そうだったんですね。
まず作品のストーリーが軸としてあって、その上で気象学的に正しい表現ができるところがあれば、そういうところを直していく感じでした。雲や空の表現もそうですし、用語についても。
映画見ました。かなりリアルでしたね。
そうですね。新海さんも気象のことをよくご存じだったので。
映画では具体的にどのような指摘をしたんですか。
例えば始めのシーンはしとしと雨が降ってるところで、最初はその中に積乱雲の表現があったんですよ。
でも、しとしと雨を降らせるのは乱層雲という雲で、積乱雲ではないんですね。
そういうところは乱層雲の底でできるような、ちぎれ雲を表現する形に変えたほうがいいと言いましたね。
なるほど。
あと「雪が降ってる中で、雷が落ちるという設定は大丈夫?」と聞かれました。日本海側だと冬に雪が降ってる時に、雷が発生するということは結構あるんですね。
ただ、雷が起きるのは積乱雲の中だけなんですよ。積乱雲による降雪を表現するために、雪の中で雷が落ちた直後にひょうを降らせて、科学的な整合性を取りました。
これまでは、雨や雪のシーンを見ても、雲に注目したことはなかったので、今の話めちゃめちゃ面白かったです。
「天気の子」の上映後、雲や天気に対して一般の方の意識は高まっていると感じますか?
そうですね。天気の子を見て気象予報士を目指して勉強を始めたという方が結構多いですね。それもひとりやふたりじゃなくて、結構いるんですよ。
雲って見るだけで天気の急変などを察知することができるんですよ。「観天望気(かんてんぼうき)」というんですけど。
天気の子に出ていた、上が平らな雲があるじゃないですか。
あー!はい。
「かなとこ雲」といって、積乱雲が限界の高さまで成長すると、それより先に行けなくて横に広がった雲です。
青空でも、この雲が見えた時は大気の状態が不安定になっているので、天気が急変する可能性があると読み取ることができます。
いわゆる「地震雲」って名前も聞きますけれど。
まず、雲は地震の前兆にはなりません。
結構ちまたで騒がれている雲があると思いますが、空に浮かんでいる怖がられる雲たちは、全部気象学で説明できるんです。
ええ~!
しかも地下深くの変動に伴って、雲がどう影響しているのかというプロセスは全く分かっていません。
もし仮に、地下深くに影響があったとしても、我々が雲の形や状態を見て、地震の影響かどうかを判断することはできないんです。
そうなんですね。僕らが地震雲と思っているやつは普段は見ないものだから、ちょっと「怖いな」って印象があって、それが結果的に…。
あー、そういう方が多いですね。SNSでも「この雲なんですか?怖いです。地震雲ですか?」とダイレクトメッセージが来ますが、この雲は何々雲ですよと伝えると、皆さんなぜか安心するんです。
怖いのは地震雲ではなくて地震なので、地震が不安だったら日頃から備えてください。
その上で、雲はめでてもらうといいと思います(笑)
なるほど。
天気の急変などを察知できる雲は確かにあるので、日ごろから空を見上げているといろいろ役立つことがあります。
あと、レーダー雨量情報を使うと、虹だって狙って見ることができるんですよ。
そうなんですか?虹は見つけられたらラッキーというイメージですが。
虹はたまたましか見れないと思われがちなんですが、太陽と反対側の空で雨が降っていれば、高い確率で虹に出会うことができます。
レーダーを使って自分の真上を雨雲が通り抜けるタイミングをみて、雨雲が抜けた直後で太陽の反対側の空を見ると、虹に出会いやすいんです。
へー。これからチェックしてみます。
そもそも、気象のお仕事を選んだきっかけは何だったんですか?
元々、数学が好きだったんです。大学で計量経済をやろうと思って経済学部に通っていたんですけど、あんまりいい出会いがなくて。
数学を使って身の回りに近いものを研究したいと思っていたので、計量経済がダメなら気象学に、というノリですね。
気象を学んでいくうちに、雲の魅力に気づいたんですか?
いや、まったく(笑)。私、もともとそんなに雲に興味がなくて。数学を使って気象をやりたいっていう、ただそれだけでした。
えー!!
雲はあくまで研究対象だったんですけど、2014年に『雲の中では何が起こっているのか』という一般向けの本を書いたんです。
その時に雲の中を擬人化して表現できないか試行錯誤して、初めて雲の目線で物事を考えたら、雲を好きになって・・・。
雲の目線ってどういうことですか?
例えば、積乱雲。雷をもたらす雲って、みなさんどんなイメージを持っていますか?
えーと。天気悪くなるのかなとか、どんよりしているとか。
そうですよね。怖いとかそういうイメージありますよね。
でも、積乱雲って結構自虐的なんです。
えっ、自虐的。
積乱雲は、上昇流が支配的なときには成長していくんですけど、中で雨や雪が成長して下降流が生まれると、上昇流を打ち消して自滅する雲なんですよ。
やつは、ポジティブな面とネガティブな面を両方持っていて、人間くさいんです。
面白いですね。
雲に対して親しみを持って理解を深めていくと、今までとは空や雲の見方が違ってくるので、興味を深めてもらえるといいなと思います。
朝、起きるのめちゃめちゃ早いですね。
そうですね。(居住している)つくば市は今の時期4時半ぐらいに日の出で、その30~40分ぐらい前から空がきれいに色づき始めるので、撮影して個人的にTwitterに投稿しています。
空が一番焼けるのって、日の出とか日の入りの瞬間ではなくて、日の出前や日の入り後の、高い空に雲が出ている時なんですよ。
タイミングを見計らって、だいたいこのカメラかスマホで撮っています。
最近撮った雲の中で、印象に残っているものはありますか?
今年の4月下旬にこういう雲が出たんですよ。雲の形に注目してみてください。波打ってる感じがしませんか?
すごい、きれいだなぁ。
「ケルビン・ヘルムホルツ不安定」といって、密度の異なる大気の層が上下に重なっているときに、風のずれがあると不安定で波が発生するんですね。雲は波を可視化しているんです。
ケルビン・ヘル・・・。名前、難しいですね(笑)
雲の名前は「フラクタス」で、ラテン語で波という意味です。見かけてから1分足らずで見えなくなったんですよ。寿命が短いんです。たまに見かけるんですけど、この日は焼けてていい感じでした。
最後に、荒木さんにとって仕事とは。
仕事とは「生きる手段のひとつ」。
真面目な日本人ほどブラックな仕事環境で、心がすさんでいる人が結構いるかもしれません。
仕事のために生きるのではなくて、仕事は生きる手段のひとつであるという意識は持ってほしいなと思いました。
私はたまたまやりたいことと仕事が一致している状況ですが、そうでなくてもやりたいことはできると思います。
皆さんが楽しく生きられるような仕事を選べればいいですし、仕事だけが人生ではないので楽しくできるといいのかなと思います。
すごいかわいいイラストが。
これは、雄大積雲、いわゆる入道雲です。頭に頭巾のような雲があるんですけど、これは天気の急変の目安になる雲です。
へー。
この頭巾雲ができるっていうことは大気の状態がすごく不安定なんですね、見つけたらレーダーでチェックする習慣があるといいですね。
荒木さんみたいに、自分の仕事について楽しく語れるようになれたらいいなって思いました。就活生に何かアドバイスいただけますか。
自分が楽しめると思える仕事にどんどん応募していく必要があるんじゃないかなと思います。
別の業界に入ってからまた本当に自分がやりたかった分野にいく人も結構多いと思うので、そこは柔軟に考えてもらえればと思います。
ありがとうございました。