科学と文化のいまがわかる
デジタル
AI・メタバースLabo ~未来探検隊~
2023.12.26
「イラッシャイマセ」
客を出迎えたのは、AIを搭載した“接客アンドロイド”。
「今回ノ旅行ハ ドナタトゴ一緒ニ行カレマスカ?」
衝撃を広げる生成AIだが、まだまだ、人間のようには行えないことがある。その1つが“対話”だ。
「ゴ利用イタダキ アリガトウゴザイマシタ」
AIは、どこまで人間に近づくのだろうか。
(NHK名古屋 記者 河合哲朗)
名古屋市の旅行代理店。
その一角で、お客さんを迎えるのは…
人型のロボット。
今回の京都旅行は、どなたとご一緒に行かれる予定でしょうか?
お友達と行く予定です。
お友達との旅行、楽しそうですね。
これ実は、「生成AI」を搭載した「対話システム」の性能を競うコンペ。
名古屋と福岡の旅行代理店、2店舗で開催され、大学や企業など全国から12チームが日替わりで参加。
それぞれが開発した対話システムを、主催者が用意したアンドロイドに組み込ませる。
人の手を借りずに、いかに自然な接客ができるか、AIの“実力”が試される。
京都タワーにも行きたいです。
うん、えーっと。移動時間についてお尋ねですね?
違います。京都タワーに行きたいです。
終了後にはお客さんがアンケートに回答。
その満足度で成績を競う。
体験したお客さんの中には、AI開発に関わる企業の社員や、接客のプロの人も。
AIを開発するIT企業 社員
「応答までの時間がもっと短くなると、違和感がなくなると思いました。今は物珍しさで『体験してみよう』っていう存在かもしれないですけど、人の一部を補うような技術がいろいろ始まるといいなと思います」
“接客のプロ” ウエディングプランナーの男性
「お客様の情報をいかに引き出すかが接客スタッフの能力なので、もうちょっと“聞く力”が育てば、よりよくなると思いました。AIの進歩によって僕らの仕事も変わるので、怖い部分もありつつ、業務削減の部分では期待もしますね」
なぜ、接客コンペを行うのか。
主催者の1人、名古屋大学の東中竜一郎教授は、AIの“対話の力”をはかる格好の材料になると話す。
生成AIは、人が与える指示に大量の文字の情報を打ち返す。
しかし、私たち人間の“対話”は通常、このようではないという。
名古屋大学 東中竜一郎教授
「生成AIの応答は、基本的にはテキストで行われているものですよね。すなわち“書きことば”の世界が非常に大きいわけです。ただ、われわれが実際に話していることばというのは“話しことば”であって、相手の反応をうかがいながら話し方を変えていくようなものなわけです」
「接客」を例に説明してもらった。
チャットGPTに「旅行代理店の店員」という設定を与え、質問すると…
すぐに長文の回答が返ってくる。
正確な情報を打ち返してはいるが、これが接客であることを考えると、決して“いい対話”ではないという。
まず、話が長いですよね。相手がどんな人かを確認せずに、定番スポットを長々と語り続けているのが非常によくない。おそらくお客さんは途中で『ここではない』と感じていると思うんです。AIはわりと目的を一回で達成しようとするんですけど、人の会話って1回では済まなくて、相手と徐々に積み上げるものなんですよね。
人間は当たり前のように行う“対話”だが、実は高度な情報のやりとりが交わされているという。
例えば、「いつ、どちらがしゃべるべきか」という「話者交代」の判断。
相手の話を聞きながらも、「そろそろ話が終わりそうだな…」というタイミングを見計らい、ちょうど相手の話が終わったタイミングで発言をする。
にぎやかな席での会話をイメージすると、私たちが無意識のうちにこうした判断を重ねていることが理解できるだろう。
または、会話中に相手の表情をうかがい、「あ、この話はもうやめた方がよさそうだな…」と判断するようなこともあるだろう。
こうした場面で求められるのが、ことばには表れない情報をどう理解するか、という力だ。
表情や話し方、その場の状況など、“ことば以外の情報”をくみ取って会話に生かす能力が、人間らしい対話を実現する上で重要になるという。
しかし、これをAIに教えるのは非常に難しいと話す。
名古屋大学 東中教授
「例えば、会話の中で『よそ見』や『まばたき』を多くしたりする。そのしぐさは相手に何らかの印象を及ぼしているんでしょうけど、その効果って明らかではないんですよね。その場の空気とか、相手の感情ってなかなか定量化できないんです。トータルとして対話を成立させるには、非常に複雑な機構が用意されなくてはいけない」
“ことば以外の情報”をどう生かすか。
接客コンペでも、各チームが工夫を見せていた。
名古屋大学の学生チームが目指したのが、相手のしぐさを読み取ること。
中でも「うなずき」の動作に注目した。
うなずきは、会話の中では「承諾」のサインとなる。
そこでチームが考案したのが、客側がうなずいていれば話を先に進め、うなずきがなければ、ここまでの話を理解しているかを確認するというシステム。
相手の気持ちに寄り添う対話を目指す作戦だ。
しかし。
いざロボットを目の前にしたお客さん、ほとんどうなずかない…
ここまでのお話はよろしいですか?
これ、なんか言った方がいいんですかね、これ。
・・・(沈黙)
それでは、最終的なプランといたしまして…
ここまでのお話はよろしいですか?
・・・
相手の反応が得られないため、AIが何度も確認を繰り返してしまう事態に。
会話が全く進まなくなってしまった。
学生「たぶんこのまま、10分間これ続けるんでしょうね…」
ロボットが相手では、人間に話すのと同じようにはふるまわない。
学生にとっては、つらくも、貴重な発見になったようだ。
名古屋大学のチーム
「驚いたのは、お客さんがかなり興味を持ってくれていたことですね。“AIと話してみたい”と思って、期待してくれているということを知れたので、これからさらにいいものを作りたいっていう気持ちになれました」
一方、AI側から働きかけていこうと考えたチームも。
カメラの視覚情報から相手を「褒める」ことで、対話を和ませる作戦だ。
お客様のシックなお召し物、すごくすてきです。お洋服、とても似合っていますよ。
相手がAIでも、これには照れ笑い。
黒いお召し物。お客様って、おしゃれなんですね。
恐縮です!みんなそう言います!
あら、話が脱線してしまいましたね。お話ししているうちに旅行プランができました。
北陸先端科学技術大学院大学のチーム
「事実ではないことで褒めても相手に見透かされますし、何回も連続で褒めても人は嫌になってしまいます。さりげなく褒めること。あとは、着ている服の特徴とか、たしかな事実を褒めることが重要ですね。『褒め』が本当に有効だったかを検証して、知見を共有しながら、対話システムの進化に貢献したいですね」
東中教授は、AIを搭載した対話システムの、社会での活用にも期待を語る。
コンペの題材にもなった「接客」のほか、英会話などの「教育」の分野、問診やカウンセリングといった「医療」の分野でも活用の可能性があるという。
そうした未来を実現させていくうえで重要になるのが、人間とAIが対話を通じて“信頼”を構築していくことだと強調する。
名古屋大学 東中教授
「人間もひとりでは何もできなくて、大きなことをするとなれば仲間が必要ですよね。AIがその仲間の1つになるということは、能力からして起こりうると思うんです。ただそのときに、それを仲間として認められるかということが重要で、そのためにも人間とAIのあいだの“信頼”という問題が出てくると思うんです」
東中研究室では、その“信頼”の構築を検証する手段として、人気ゲーム「マインクラフト」を活用した研究に取り組んでいる。
「マインクラフト」は、仮想空間上でブロックを組み合わせて建物や街を作りあげていくゲーム。
複数人でプレーする場合には、チャットで会話しながら共同作業が進んでいく。
この、“会話をしながら共同作業を行う”という点が、他者との信頼構築をAIに教える、いわば“教材”になるのではというアイデアだ。
「このゲームでも、実は人間は非常に高度なことをしているんです。Aが『なにか作りたいものありますか?』と聞いて、Bが『藤みたいな屋根みたいなのつくってみたいです』と。これは藤棚のことだというイメージが共有できていて、Aは『いいですね、真ん中にどーんと作ってみてください』と言い、Bは『道を真ん中に作ってみます』と。すでに役割分担が始まっているわけです。非常に洗練されたやりとりですが、お互いを信頼して共同作業が進んでいる」
研究室では、こうした人間どうしのプレーデータを、チャットの内容と共に1000対話ほど収集し、AIに学習させている。
今後は、AIと人間がプレーした場合でも、同じような作業ができるかを検証したいという。
名古屋大学 東中竜一郎教授
「この研究で目指すのは、人間とAIが意見や価値観をすりあわせて、お互いを知り合いながら協力する中で、信頼を獲得していくことです。
今でこそ対話システムは、“役に立つ何かしら”という存在だと思うんですけど、将来的にはわれわれと一緒に共同作業ができる“仲間”のようなものになると思っています。AIと人間が、これまでにできなかったようなことをやっていくような世界をつくりたいと思っています」
AIは、人間のような対話を行えるのか。
未知の課題を越えた先に、人とAIは、新たな関係性を結ぶかもしれない。