これだから日本のメディアは、と言う前に
まとめ
- メディアの構造を把握しておくこと。
- 自分が望む解釈を述べるエントリでとまらないこと。
発端1
【usbmouseブログ:「馬鹿騒ぎ」を「大騒ぎ」と“誤訳”する日本メディアの“思いやり”】
北朝鮮のミサイル発射に対する日本政府の対応について、韓国大統領府が批判的な声明を発表したというニュースが日本のメディアでも繰り返し報道されています。例えば朝日新聞の記事は次のように伝えています。
韓国大統領府は9日、ホームページに掲げた文章で北朝鮮のミサイル発射への対応に触れ、「強いて日本のように未明から大騒ぎする必要はない」とし、日本の対応に否定的な見方を示した。韓国政府の対応が消極的だとする野党や保守系メディアの批判に反論する中で言及した。
ところが驚く無かれ、大統領府の声明の原文のどこを探しても、「大騒ぎ」という言葉は書かれていないのです。ではなんと書かれているか。声明を原文に忠実に翻訳すると、次のようになります。
「敢えて日本のように夜明けから馬鹿騷ぎ(야단법석)をしなければならない理由は無い。」
韓国語で「大騒ぎ」に相当する表現は「소란을 피운다」を使います。「賑やかに騒ぎ立てる」くらいのニュアンスです。日本で報道されている「大騒ぎ」に近いのはこの表現です。
大統領府の声明文で用いられているのは「馬鹿騷ぎ(야단법석)」という言葉です。この言葉のニュアンスや使われ方は、「大騒ぎ」とはまったく異なります。この「馬鹿騷ぎ(야단법석)」のニュアンスを敢えて表現すれば「教養の無い愚か者が状況を把握できず右往左往してギャーギャーわめき立てる」という感じです。
上記エントリを受けた【だめ大学生日記2.0 - 韓国大統領府の声明】
朝日新聞のみならず、読売など他者も同様の訳をしているようです。マスコミ間で協議でもあったのか、それとも各社とも偶然このような表現をとったのか、またまた実は文脈によっては"大騒ぎ"と訳すべき文なのか、よく分かりませんが興味深い。
同じく【Hiekichiの覚書 - プレッシャーで気持ちが悪い… - 馬鹿っていったら、自分がバカー!】
変にフィルタをかけずに伝えなければ報道としての意味がないのにこのようなことをするから、マスメディアは信用がおけないというのですよね。信用おけないだけじゃなく『悪』ですね、誤った理解に誘うような行いなのですから。
通信社という存在
なぜ読売など他者も同様の訳をしている
*1のかと言えば、この記事が共同通信社が提供した記事だからです。たとえば産経新聞と毎日新聞の
を読み比べてもらえばわかるように、同じ内容です。他にもgoogle:日本は騒ぎ過ぎで検索すれば、違う新聞社の同じ記事がたくさん読めるでしょう。
共同通信社というものがあります。共同通信自体もWebサイトを持っていて速報を流していますが、主に各メディアに対して情報を流しているところです。【共同通信社 会社案内】を見ても分かるとおり
共同通信社は、国内のほとんどの新聞、放送メディアと多数のノンメディアに信頼性の高い内外ニュース・写真を提供している日本を代表する通信社です。
となっています。
文句は共同通信社へ
確かに新聞などのメディア各社が出資してたり協賛してたりするわけですが、今回の記事の大本は共同通信社。だから、この記事を以って鬼の首を取ったかのように「これだから日本のメディアは」とか「マスゴミ」とか言うのはちょっと飛躍しすぎでしょう。この訳に問題があると思うのならば、そんなこといっている間に共同通信社に苦情を入れるべきだと思いました。
発端2
先に挙げた【usbmouseブログ:「馬鹿騒ぎ」を「大騒ぎ」と“誤訳”する日本メディアの“思いやり”】のコメント欄。
念のため、本文で上げられている青瓦台のHPをEXCITEのWeb翻訳にかけてみました。
確かに「馬鹿騒ぎ」になってますね!!!!
驚きました。ソース主義がいかに重要かということを改めて感じました。
それはほんとにソース主義なのか
exciteの翻訳が完璧で、それがすべてなのでしょうか? id:yadanbeopseokという方が【yadanbeopseokの日記 - 야단법석って侮蔑表現なのか?】という興味深いエントリを挙げていらっしゃいます。
というわけで、大体メジャー所と思われる韓国語辞書を四つほど当ってみたわけなのだけれど、だいたい総合すると、「야단법석」というのは「ある事のために、多くの人が一箇所に集まって、言い争いながらひどく大騒ぎすること」という感じなのではないだろうか。少なくとも、「馬鹿騒ぎ」の語意にある「調子に乗って」「度を過ごして」というニュアンスというのは原語には無いし、まして「教養のない」「愚か者」なんていうニュアンスには尚更距離がある、ということはわかっていただけると思う。「言い争いながらひどく大騒ぎすること」を「右往左往してギャーギャーわめき立てる」と言い変えることはできるだろうけれども、かと言ってそこに侮辱的な意味があるかどうかというのは、これはもはや訳し方というか言い方の問題なんじゃないの。どっちかというと、「ひどくさわぐ」≒「(はなはだしく)多くの人が一斉に不平・不満を言い立てて不穏になる」というわけで、訳語としては「大騒ぎ」を取ったほうが正しいという見方もできる。まあ、冒頭に書いたとおり、個人的には「大騒ぎ」じゃちょっと弱いと思うんだけど。
id:yadanbeopseokさんがいったいどういう背景をお持ちの方なのかは分かりません*2が、韓国語には詳しいご様子。そして、4冊の韓国語辞典に当たった上で、「大騒ぎ」の方がむしろ正しいかもしれない、と述べています。
結局自分が望む情報がほしいだけ
私たちがこういった時事ネタを読むときに一番気をつけなくてはならないのが「人は自分の望む情報にしかアクセスしない」ということです。私たちには情報に対するリテラシーが必要なのは、多くの人が賛同してくれるところだと思います。しかし、それはただ単に既存のメディアを叩くことではなくて、メディアが流している情報を評価していくことでしょう。
その評価するという行為を喚起していくという面で冒頭で引用したエントリの意義は大いにあるものですが、しかし、私たちはここでとどまってはいけないと思います。「ソース主義」を謳うのであれば、このエントリ自体も「ソース主義」にのっとって評価されねばなりません。都合のいいときだけ「リテラシー」を謳い、自分の望む情報が掲載されている記事は盲目的に信用する、というのでは何の進歩もないでしょう。
リテラシーの実践というのは非常に手間がかかることではありますが、いつも心の片隅に*3そういう意識をもっていくことが大切だと思いました。
関連エントリ
情報のリテラシー関連のエントリ→【[メディアリテラシー] - 好奇心と怠惰の間】
《8:45追記》愛・蔵太さんがエントリを挙げていたのでこちらも参考に→【愛・蔵太の少し調べて書く日記 - ばか騒ぎだか大騒ぎだか知らないけど、福島瑞穂嘘ビデオ事件の人が情報元というのがどうも】