異分野の才能が一堂に会し、互いの発想を刺激し合う。「TED Conference(テッド カンファレンス)」というイベントをご存知だろうか。1984年に米西海岸で有識者のサロン的な集会として始まり、「Ideas worth spreading(広める価値のあるアイデア)」を披露し合う場として、年々その規模を広げてきた。
元米大統領のビル・クリントン氏やマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、英ロックバンドU2のボノといった著名人が登壇したことで、「楽天家のためのダボス会議」とも呼ばれ、招待制のクローズドなイベントにもかかわらず、インターネットなどを通じて世界にその存在を知られている。
不透明感を増す世界情勢の下、「異質のアイデアの共有がイノベーションを生む」というTEDのコンセプトは世界各地で反響を呼んでいる。2009年からは東京でも派生イベント「TEDxTokyo(テデックストウキョウ)カンファレンス」が開催されており、今年5月11日に5回目を迎える。NHKが共同企画番組「スーパープレゼンテーション」を放映したこともあって、TEDの認知度は日本でも一気に高まっている。
このTEDxTokyoの仕掛け人が、パトリック・ニュウエル氏とトッド・ポーター氏。「日本には広める価値のアイデアがまだまだ沢山埋もれている」と指摘する2人に、「TED」の魅力を聞いた。
(聞き手は蛯谷 敏)
TEDxTokyoは今年で5回目を迎えます。昨年から、NHKとの共同企画番組が始まった効果もあり、日本での認知度も高まってきました。
ニュウエル:僕自身は周囲の評価をあまり意識していませんが、日本でもTEDが知られるようになったのは良い傾向だと思います。アイデアを生むためには、「場作り」が何よりも重要ですからね。
新しいアイデア、あるいはイノベーションというと、何かゼロから全く新しい発想をしなければならないと考えがちですが、決してそんな必要はありません。むしろ、オリジナリティ100%の発明なんて、世の中にほとんど存在しないんですから。
それよりも僕が訴えたいのは、アイデアというのは、本質的には組み合わせによって生まれるものが圧倒的だということです。互いに全く関係のない事象でも、受け手の考え方や意識、その時の感覚によって、新しい発想につながる可能性がある。世の中を変える企画や発想は、大抵そうした組み合わせの妙から生まれてきました。
ですから、異質のアイデアや考え方に沢山触れることは、新しいアイデアのヒントを得る上で非常に重要です。今年で5回目を迎えるTEDxTokyoで最も意識しているのは正にこの点で、異質なアイデアを皆さんにシャワーのように浴びてもらおうと思っています。
個々のプレゼンテーターは、一人ひとり僕がお会いして、登壇をお願いした方々ばかりですから、内容については自信を持っています。けれど、それらが何か1つのテーマに沿っているかというと、全然脈略がないんですね。
ちなみに、今年は「1+1=11」というテーマを掲げました。何か、意味深げに聞こえると思いますが、実はそれほど考えずにつけちゃった(笑)。1+1で2よりもっと大きくなる、というくらいに受け止めておいてもらえると、ちょうどいいと思います。むしろ、同じプレゼンテーションでも、見る側によって、全く違う受け止められ方をされてくれたら、大成功だと思っています。
最近は、アイデアを生む場の重要性を認識する日本企業も増えてきました。TEDの手法をお手本にしようとする企業もいますが、実際にそのカルチャーを社内に浸透させるのには、苦労しているようです。
ニュウエル:異質同士のぶつかり合いというのは、つまりは日常とは違う世界に触れるということです。例えばそれは、通常の仕事を離れて、アートやエンタテインメントにどっぷりと浸ることだったりするのですが、おそらく日本企業で「美術館やショーに積極的に通いましょう」と奨励するケースはまずないでしょう。
多くはないでしょうね。
ニュウエル:まして、「業務時間を減らしてもいいから、仕事と関係のない世界に触れて下さい」なんて指示を出す会社は、ちょっと大丈夫か?と思われる。要するに、会社にとって目の前の業務と直接的に関係のない行為は基本的に「無駄」であるとの判断が根本にあるわけです。
けれど、実はその「無駄」にこそ、新しいアイデアの芽が隠されている。業務とは関係のない世界に触れることで、ひょっとしたら会社を変える企画が生まれるかも知れない。このことに、多くの日本の経営者は気づいていないんですね。
僕には日本の経営者の多くが「社内からなかなか新しいアイデアが生まれない」と悩んでいることが、今一つ理解できません。アイデアを生む環境を自ら排除しているのにね。
ルーチンからはアイデアは出てこない
そう思いませんか?昨日と同じ今日の繰り返しからは、新しい発想は出てきませんよね。
今朝、(東京の)品川駅を歩いていたんです。行かれたことがある人なら分かると思いますが、あそこには駅からオフィスビル群まで長い通路があります。ちょうど通勤時間帯にぶつかったので、ビジネスマンが沢山歩いていたんですが、ぎょっとしたのは全員、同じ姿に見えたことです。
似たようなスーツ、似たようなカバンを抱えて、皆一斉に会社に向かって歩いている。毎日決まった通勤電車に乗って、決まった時間に出社して。来る日も来る日も、さほど違いのない、ルーチンのような生活を、きっと続けているのでしょう。
それ自体が悪いと言うつもりはありません。でも、繰り返しになりますが、ルーチンのような生活からは、ワクワクするようなアイデアも生まれないでしょう。
ポーター:僕らは決して、ルーチンワークを否定するわけではありません。作業をコツコツと続けていく愚直さこそが日本の強みだと思っていますし、それが世界に通用する日本の競争力だと考えています。
しかし、この強みを生かすには、進むべき道がはっきりしているという前提が必要です。
進むべき道ですか?
ポーター:つまり、目的が明確な場合ということです。自動車や電化製品といった作るべき製品が決まっていて、どんな付加機能を付けるかで勝負している状況や、攻めこむ市場が定まっていて、あとはどれだけ相手に食い込めるかが勝負、といった状態ですね。でも、皆さんご承知の通り、日本企業を取り巻く環境は大きく変わってしまいました。
もはや、どんな製品を作ればいいのか自信を持って決断できる人は誰もいませんし、どの市場が本当に自社にとってふさわしいのかも分かりません。ルーチンワークの積み重ねだけでは決して勝てない競争環境になってしまったわけですね。新興国から強力なライバル企業が次々と現れた結果、これまでの日本企業の強みすら奪われかねない状況になっています。
そう考えると、日本企業に今、より求められているのは、新しい商品やビジネスを生み出すアイデアやイノベーションです。今までと同じやり方を繰り返していても、いずれ競合企業に抜かれてしまいます。
そうですね。
ポーター:何も日本の企業だけにこの発想が重要だと言っているのではありません。「アイデアを生みやすい環境をいかに作るか」は、あらゆる企業にとっての課題です。だからこそ、本家のTEDカンファレンスには、グーグルやフェイスブックをはじめとした米国を代表するトップ企業の幹部が、わざわざ時間を割いて参加しています。
ニュウエル:実は日本だってそういった場は昔からあったんです。「ワイガヤ」と言われる大部屋もきっとコンセプトは同じだし、ほら、タバコ部屋や居酒屋での好き勝手な話しから、新しいアイデアが生まれたりすることはないですか?これだって、普段の仕事とは異なる空間での議論という意味で、発想はとっても近いんですよ。
【初割・2カ月無料】お申し込みで…
- 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
- 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
- 日経ビジネス最新号12年分のバックナンバーが読み放題