ビットコインは「貨幣」を考えるよいきっかけになっている。そもそも「お金」とは何か、その信頼は何によって裏付けられるのか、紙や金属といった実体は必須なのか、そして、「仮想通貨」とは、人間社会にとって「よきもの」なのだろうか。物わかりの悪さには自信があるYデスクが、日本銀行出身で仮想通貨に詳しく、『貨幣進化論――「成長なき時代」の通貨システム』などの著書を持つ岩村充・早稲田大学商学研究科教授に聞いた。

Y:明日から海外にお出かけとか。直前に時間を取っていただきすみません。すでにビットコイン事件そのものについては、岩村先生をはじめ、いろいろな方の分析が出ておりますが、今回はもうすこしカメラを引いて、「ビットコイン」を切り口に「仮想通貨」、そして「貨幣」についてのお話をお聞かせ下さい。

岩村 充(いわむら・みつる)
早稲田大学商学研究科(ビジネススクール)教授。1950年東京生まれ。東京大学経済学部卒業。日本銀行を経て98年より早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授。2007年、研究科統合により現職。主な著書に『入門 企業金融論』『電子マネー入門』『企業金融講義』『貨幣の経済学』『コーポレート・ファイナンス』など。

岩村:全体観を言うと、僕はクリプトカレンシー(暗号型通貨)とか代替型通貨とかいうものって、もともと好きなんですよ。

Y:そうでしたよね。実は3時間ほど前に先生と電話でお話ししたときに「僕はPeer to Peer型(以下PtoP)の通貨を支持しているんです」と伺ったので、「これはぜひ直にお話を聞きたい」と、無理を承知で押しかけてしまったんです。日銀出身の方が、PtoP、すなわち中央銀行の仕組みから外れてユーザー同士が直にやりとりできる通貨システムを「好き」と仰るのが、とても意外でした。

岩村:ハハハ。好きなんですけど、ビットコインが好きなわけじゃないですよ。仕組みを聞いてしばらく考えているうちに、好きどころか「これはかなりけしからんものだな」と思ったんです。

 ビットコインは、意識的なのか無意識なのかは分かりませんが、最初に「マイニング」(mining、鉱石掘りのアナロジー)をした人が圧倒的に得をして、「ビットコイン拾い」に近い状態になるけれど、ある時点から一気に大きな「採掘コスト」がかかるようになっている。そういう仕掛けは僕は好きではないのです。

Y:非常に簡略化した言い方をしますと、ビットコインは「bitcoin miner」と呼ばれるソフトを稼働させて、いわばパソコンで「ビットコインパズル」を解く作業(これが「マイニング」)を行い、成功した人にコインが与えられるモデルなんですね。しかもそのコインには2100万個の上限がある(※)。誰でも簡単に無限にコインを作り出せたり、複製が可能なら信用なんてしてもらえないけれど、数学的に価値が担保されている、と。

(※実際の仮想通貨としての流通はこの「コイン」を細かく分割した単位で行われるので「2100万」がビットコインの額面の上限ということではない)

岩村:それがビットコイン側の説明です。そして、当初は「ビットコインパズル」を解くのはけっこう楽な作業でしたが、コインが一定の数を超えると、急激に条件が厳しくなります。今では、超高性能のパソコンを長時間稼働させる必要がある。だから最初に参加した人ほど得をするわけです。まずここが“うさんくさい”。

Y:PtoP型の仮想通貨は支持するけれど、いまやその代表のようになったビットコインには否定的なのですね。

平凡な技術要素の寄せ集め

岩村:ええ。通貨の量を限定しさえすれば、その価値も安定するという発想にも難があります。でもまあ、ここ数年通貨当局自身が、「通貨の量を管理すれば貨幣の価値を操れる」と信じ、実際にそういう行動に出ているわけで、その意味では、彼ら通貨当局者たちも、ビットコイン発案者、サトシ・ナカモト氏と同じ程度なのかもしれません。

 手持ちの通貨の価値を、中央銀行や政府が自由に動かし、あまつさえ低下させるような行動に出れば、お金を持っている人は「冗談じゃない」と対抗策を講じますよね。そのひとつの逃げ道がビットコインだった、というのは当然でもあるし、皮肉でもあります。

Y:私にはまったく分かりませんが、「ビットコインの仕組みは数学的に美しい」と評価される方もいます。

岩村:うーん、私自身の気持ちを素直に言いますと、サトシ・ナカモトの論文を読んで、途中であほくさくなってしまったんです。これを「数学的に美しい」という感性は、私にはまったく理解できません。

 ビットコインの構造は「SHA256」というハッシュ関数(長い数字列を短く畳み込む手法の一つ)と、「チェーン型署名」の組み合わせです。どちらも大変に有名な概念です。そもそもSHA256は国際標準になっている技術ですし、チェーン型の電子署名の方だっていろいろな応用の仕方があるので、僕自身もその1つについて、これは2000年代の初めですが、他の研究者の方や企業と組んで、論文を書いて発表したことさえあります。そういう意味では、よく知られている数学的仕掛けを2つくっつけた作りになっているだけ、というのが率直な印象です。

岩村:このビットコインを素晴らしいと言うのは、馬に乗ったスペイン人を見て仰天してしまったインカ帝国の人とほとんど同じです。旧大陸の人ならば「馬に乗っている人」なんて当たり前だったんだけど、馬を知らない人が見たら「この生き物はなんだ!?」と大ショックを受けた。そのショックでインカ帝国って征服されちゃったわけですけれど。この場合で言えば暗号セキュリティ理論を知っている人ならば、ビットコインに感心する理由はないと思います。

Y:iPodみたく、既存のものを組み合わせて新しい価値を生む例もありますね?

岩村:iPodはハードウエアとしては既存でもソフトとの組み合わせが新しかったですよね。まあ、ビットコインだけがこのサービスを提供できたのなら、そういう面もあるかもしれません。しかし、実際には類似のサービスがいくらでもあります。ビットコインは技術的にも発想としても平凡なんですよ。平凡だから、類似品が次々に出てくる。

 もちろん、大流行を通して世の中に「こうすればいいんだよ」ということを気づかせたのは非常に大きな功績といってもいいかもしれない。でも、最初に言ったように先行者利益が極端に大きいことと、発行量の上限を設けていることには大きな疑問を感じます。

Y:もしかしてマルチとか、ポンジ詐欺みたいな要素があるのですか?

岩村:定義として考えればポンジじゃないんですよ。というのは、後から来ている人からむしり取っているわけではない。自然に価値が上がるように設計しているだけで。

 でも、類似品が次々出てくるので、例えば決済という点ではもうビットコインの競争力はないですね。ビットコインのように動くクリプトカレンシーはすでに100種類以上も提案されていて、中には「リップル」みたいに、金融取引の機能に特化することで、既に相当な実績を持っているのもある。

 仕組みとしても相当「イケてない」部分があるなあと個人的には思います。例えば、PtoPの決済としては、ビットコインのやり方というのは本質的に高コストなんですよ。ただし、利用者が気が付かない高コストなんです。

ビットコインは意外に高コスト

Y:どういうことでしょう。

岩村:ビットコインは、「コイン」というけれども、イメージで言うと「最大で2100万行のデータを書き込める仮想台帳」のような性質もある。その台帳を10分間に1回ずつ、がっちゃんがっちゃんと更新していくというのがビットコインの仕組みです。つまり、台帳全体の更新が10分間に1回行われ、それが結了するまでは本当の意味での「やりとり」は起こらない仕組みなんです。

Y:PtoPのシステムですから、その台帳は世界中のコンピューターにあるわけですよね。

岩村:ええ。ですので「ビットコインが誰それから誰それへ移転した」ということは、ビットコインのシステムに参加している多数のコンピューターたちがそれを認証したときに起こるわけですよね。ということは、参加者全員がこの台帳の書き換えに協力しているんですよ。つまり、経済学で言う「外部性」があるんです。

Y:外部性。取引に関係ない人が損をしたり利益を得たりすることでしたっけ。悪い方だと公害とか。

岩村:市場メカニズムを通さない費用の押しつけですね。

コラボレーションは、美しくて汚い

Y:つまり、仮に10分間に1件だけ取引があっても、それに関わった2人のために、たくさんのコンピューターが動いて、台帳を上書きしなきゃいけないということですね。しかし、データの書き換えというものは、目くじらたてるほどのコストがかかるんですか。

岩村:個々のコンピューターにとってはごくわずかなので感じないけど、システム全体としては、その電力使用の費用を全部足すと、ビットコインの取引が本当に低コストだとは私は思えない。せっかく低コストのPtoPシステムなのだったら、渡した側と渡された側と、それからせいぜいで認証機関、この3者ぐらいでトランザクションは結了し、かつ認証機関はその料金を2人から取ればいい。

Y:それでも、ビットコインの手数料は銀行間よりずっと安いわけでしょう。

この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます
残り4063文字 / 全文文字

【初割・2/5締切】お申し込みで…

  • 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
  • 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
  • 日経ビジネス最新号13年分のバックナンバーが読み放題