SS-520ロケット4号機の打ち上げ(1月15日、内之浦宇宙空間観測所にて。撮影:柴田孔明)
SS-520ロケット4号機の打ち上げ(1月15日、内之浦宇宙空間観測所にて。撮影:柴田孔明)

 結果は失敗だった。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)・宇宙科学研究所(ISAS)は、1月15日午前8時33分、内之浦宇宙空間観測所から「SS-520」ロケット4号機を打ち上げた。SS-520の4号機は直径520mm、全長9.54m、全備重量は2.6トン。同ロケットには東京大学の超小型実験衛星「TRICOM-1」(重量3kg)が搭載されており、成功すれば「世界最小のロケットによる衛星打ち上げ」になるはずだった。しかし、ロケットからの通信が途絶えて打ち上げは失敗した。

 JAXAは、この打ち上げを、地上で使う大量生産された民生部品が、高い信頼性を要求される宇宙用機器でも使えるかどうかを調べる実験と位置付けており、今回1機限りの予定だった。ここで問題になるのは、事故原因究明後に、失敗と位置付けてプロジェクトを終了するか、それとも再度の打ち上げ実験を実施するかどうかということだ。

 安価な民生部品の衛星への利用は、1990年代から試験的に始まり、2000年代に入って大学や民間企業などが重量1kg~数kgの超小型衛星を開発・運用するようになって急速に進んだ。一方、ロケットの搭載電子機器への民生部品の使用は、まだほとんど例がない。

 3つの理由から、今回の実験の早期の再実施は必須だろう。

 まず、ロケット搭載電子機器への民生部品の適用は、より大型のロケットのコストダウンにとっても重要であること。次に、重量数kg~数十kg級の衛星を打ち上げる超小型ロケットの需要は今後伸びると予想されていること。最後に、小型ロケットの分野でも中国が急伸しており、日本は素早く手を打っていかなければ、あっという間に中国に市場を持って行かれる可能性があるということだ。

打ち上げ後20秒で電波が途絶

 今回の打ち上げは当初1月11日朝に予定されていた。しかし、11日朝は風が強く、かつ風速も安定しなかったために打ち上げは中止となり、その後13日になって打ち上げ日を15日に再設定した。

 発射直後、ロケットは正常に飛行したが、第1段噴射途中の打ち上げ後20秒で、ロケットの状態を地上に知らせるテレメトリーの電波が途絶してしまった。SS-520・4号機は第1段分離後に姿勢制御を行う。姿勢制御が完了した時点で、ロケットの姿勢、高度、速度などの条件が予め設定した条件の範囲内に入っていることを確認した上で、第2段噴射開始を地上からの電波で指示する設計になっていた。

 テレメトリー電波の途絶で、ロケットの動作状況を確認できなくなったため、実験班は第2段噴射のコマンド送信を中止した。ロケットはそのまま弾道軌道で飛行を続け、事前に設定していた第1段落下海域に着水、水没した。ただし、搭載していた衛星のTRICOM-1からの電波が受信されており、衛星フェアリング分離と衛星の放出は正常に行われた模様だ(第2段以降の噴射が行われないまま衛星を放出したので、衛星もロケットと同じ海域に落下した)。

 事故原因については、今後の調査に待つしかない。一部では新たに使用した民生用部品が原因になったことを示唆する報道もあったが、現状では「そうかも知れないし、そうではないかも知れない」としか言えない。

 異常は、第1段の噴射途中に起きている。第1段は、1980年の初打ち上げ以来、30機を打ち上げた実績のある「S-520」単段式観測ロケットと共通だ。もしも「実績あるS-520の設計に問題が潜んでいた」ということになると、新しく採用した民生用部品に起因するトラブルよりも、深刻な事態かも知れない。

打ち上げ失敗の経緯を説明する、羽生宏人・JAXA/ISAS准教授(1月15日、内之浦宇宙空間観測所にて。撮影:柴田孔明)
打ち上げ失敗の経緯を説明する、羽生宏人・JAXA/ISAS准教授(1月15日、内之浦宇宙空間観測所にて。撮影:柴田孔明)

ロケットのアビオニクス低コスト化は重要課題

 今回の打ち上げ実験の開発資金は、経済産業省の「平成27年度宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(民生品を活用した宇宙機器の軌道上実証)」という事業から出ている。このため、経産省がこの事業をどのように考えるかにより、再実験のスキームが変化することになるだろう。

 過去に経産省の関連した事故の事例を探すと、1995年1月に打ち上げに失敗した「EXPRESS」回収型宇宙実験衛星が、通商産業省(当時)と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の資金で開発されている。この時は、日独国際協力に加えて、日本側は文部省・宇宙科学研究所(現JAXA・宇宙科学研究所)と通産省管轄下の特殊法人だった無人宇宙実験システム研究開発機構(USEF:現・一般財団法人 宇宙システム開発利用推進機構[JSS])が協力、という複雑な協力関係もあり、衛星の再製造、再実験は行われなかった。

 今回は「JAXAが経産省の補助金を使って研究開発した」というEXPRESSよりも単純な計画スキームなので、十分再実験の可能性はあるだろうし、ぜひともそうすべきだ。

 ロケットでもっとも高価な部品は液体ロケットエンジンだが、姿勢と軌道を制御するアビオニクス(搭載電子機器)のコストも馬鹿にならない。アビオニクスに民生用部品を使えれば、コストは格段に低下する。

 その場合に問題になるのは信頼性の確保だ。ロケットは高速で飛翔するので、アビオニクスにも高速動作が要求される。衛星の場合は複数の部品や回路を搭載して冗長構成にしたり、複数モジュールの多数決などの手法で信頼性を向上させることができるが、冗長構成も多数決もアビオニクスの動作が遅くなるので、ロケットには適用しにくい。ロケットへの民生用部品の適用には新たな発想による技術開発が必要なのだ。

 SS-520・4号機は、そのような技術開発の第一歩となるもので、将来的には現在開発中の「H3」ロケットや「イプシロン」ロケットのコストダウンにも効いてくる可能性がある。

 また、1kg~数十kgの超小型衛星は、現在、大型ロケットの打ち上げ能力に余裕がある場合に、主衛星の横に相乗りさせて打ち上げている。この方式では、打ち上げ時期や投入軌道が主衛星と同じになり自由が効かない。超小型衛星の打ち上げに特化した低コストのロケットがあれば、より便利に超小型衛星を利用することが可能になり、宇宙利用を促進することができる。

 SS-520・4号機は、乱暴に要約すると「第1段で上に昇って高度180kmまで到達し、そこで第2段、第3段を使って水平方向に加速して地球を周回する軌道に入る」という打ち上げ手法を採用している(11日朝、日本、世界最小ロケットで衛星打ち上げ:2017年1月10日参照)。このやり方では、投入軌道の近地点高度(軌道のもっとも地表に近い点の高度)が180kmに限定されてしまう。軌道投入の自由があまりないのだ。このため、「SS-520・4号機を低コスト化して量産し、超小型衛星をどんどん打ち上げる」というシナリオには現実味はない。

 それでも、SS-520・4号機の実験は、北海道・大樹町で超小型衛星打ち上げ用ロケットの開発を行ってるインターステラテクノロジズに代表される、国内ロケットベンチャーを「アビオニクスを低コストで開発できる環境を整備する」という形で後押しする意味がある。

ここでも中国は日本を突き放そうとしている

 勢いにのって宇宙技術を急速に高度化させている中国は、小型ロケットの分野でも、素早い動きを見せている。

 1月9日、中国航天科工集団公司(CASIC)の関連会社である航天科工火箭技術有限公司は、酒泉衛星打ち上げセンターから「快舟1号甲」ロケットで中国科学院長春光学精密機械与物理研究所が開発した地球観測衛星「吉林1号03星」と超小型衛星「行雲試験1号」「凱盾1号」を同時に打ち上げた。

 快舟1号甲は、構想段階では「飛天」と呼称されていたロケットらしい。地球低軌道に約300kgの打ち上げ能力を持ち、第1段から第3段までは固体推進剤、第4段が液体推進剤を使用する。移動用の発射台兼用のトレーラーから打ち上げる。高コストな第2段と第3段の噴射ノズル首振り機構を廃止し、代わって第4段の姿勢制御用エンジンが、第2段以降の姿勢制御をまとめて担当するという、低コスト設計を採用した。

 今回の打ち上げは、航天科工火箭技術有限公司による商業打ち上げのスキームで行われた。CASICは、2017年から2020年にかけて毎年10機を打ち上げて合計50機以上の小型衛星を軌道に投入し、その過程で2020年までに小型衛星の商業打ち上げにおいて、世界市場で20%以上のシェアを獲得するという将来計画を公表している。

 中国は、「長征6」「長征11」「快舟1号甲」「ランドスペース1」と官民合わせて、地球低軌道へ数百kg級の打ち上げ能力を持つ小型ロケットのラインナップを急速に充実させている(中国の管制室は“黒髪ふさふさ”:2016年11月16日参照)。ロケットのラインナップ充実の流れはより小型のロケットにも及びつつある。

 日本は、ここで投資を惜しめば、あっという間に中国に突き放されるだろう。否、投資をしても素早く行動しなくては、的確かつ高速に行動する中国に置いていかれると思うべきだ。

日本の存在感を示すことができるか

 小型ロケットの分野は、欧米でもベンチャーが活発に動いている。今年はベンチャー勢の先陣を切る形で、米ロケットラボ社が、低軌道への打ち上げ能力が150kgの小型ロケット「エレクトロン」の初打ち上げをニュージーランドで実施する。また、ヴァージングループ総帥のリチャード・ブランソン率いるヴァージン・ギャラクティック社も、打ち上げ能力200kgの空中発射型ロケット「ランチャー・ワン」の2017年の初打ち上げを予定している。

 SS-520・4号機は、これら世界で動いている打ち上げ能力100kg〜数百kg級の小型ロケットに対して、さらに小さな1kg〜数十kg級のロケットで日本が先手を取れるかどうかの試金石であった。

 打ち上げ失敗に素早くリベンジすることが、急速に変化しつつある宇宙輸送システムの世界で、日本が存在感を発揮できることを示すために極めて重要だ。単なる小型ロケットの失敗と考えてはならない。

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