病院通りといえば久茂地だと思ってしまいますが、那覇タワー前の通りもかつて病院通りと呼ばれていたようです。
那覇まちのたね通信 | 那覇 歳末風景 南映劇場
http://naha.machitane.net/old_photo.php?id=798上のまちのたね通信での写真の時期は「1964年12月」となっています。最初の図は1969年のゼンリン地図を参考にしたものですが病院などは書いてありません。
ここで病院通りにあった病院名を抜出してみます。
国際通りから入って左手には
武富歯科、渡嘉敷医院、稲福医院、外間眼科、崎浜産婦人科、山里医院。右手には
宮城医院、大見医院があります。
以下余談。
写真で通り入口右手の建物に「十」という字が取られたような跡が見えます。

65年の地図ではこの場所は「十文字屋」と「朝日商会」になっています。69年の地図では「(建)」となっていますので建築中だと思われます。
1957年撮影の写真にはこの場所で営業している十文字屋が見えます。
那覇まちのたね通信 | 那覇(国際通り)/国際通り 牧志付近
http://naha.machitane.net/old_photo.php?id=1987>「那覇市歴史資料室収集写真/戦後/オリオンビール発売1周年の垂れ幕が見える/(1957/05)
>オリオンビール発売1周年の旗を掲げたパレード
>山形屋,カクイわた,十文字屋呉服店,CLUB TAIHO,大宝館,UP STAIRS GIFT SHOP十文字屋呉服店は57年にはここで営業していて64年には山形屋斜め向かいの現在位置に移転(地図は反映が遅い?)してたと思われます。
そしておそらくこの建物は69年には取り壊されていたのでしょう。