金正恩氏の行動は、元経済ヤクザの眼から見れば驚くほど合理的だった

ミサイル2発で「成果」を得たのだから

「完全破壊」――19日の国連演説で北朝鮮について、アメリカのトランプ大統領はこう言及した。核実験、ミサイル発射実験、そして制裁決議の全会一致の採択と、9月はまさに北朝鮮のための月だった。追い詰められたかに見えるが、金正恩氏はこの騒動の中でいくつもの「新たなカード」を入手したことにお気づきだろうか。

騒動を起こした張本人が利益を拾うその手法は、私のような元経済ヤクザからみれば、マフィアのビジネスそのものである。実は、犯罪組織の経済学的視点から金正恩氏の一連の行動を振り返ると、言動の一つ一つが「感情的」なものではなく、非常に合理的であることが分かるのだ。

「挑発」でも「反発」でもない

12日に開かれた国連安保理での制裁決議で、アメリカは戦略物資である石油の全面禁輸を提案。禁輸は見送られたものの、初めて石油の輸入制限が制裁対象になったことが話題となったが、今回はまず、この一手の評価から始めたい。

1914年に開戦した第一次世界大戦は、毒ガスや飛行機といった新たなウェポンシステムが登場したことに注目が集まりがちだが、実際は石炭から石油へのエネルギー転換の戦いであった。イギリス海軍は1912年に軍艦の燃料を石炭から石油に切り替えたが、この決断をした人物こそ、かのウィンストン・チャーチルだ。イギリスは大戦において圧勝を収め、20世紀は石炭に勝利した「石油の世紀」となった。

その後、第二次大戦末期には核が実用化されたが、核は石油と比べればあまりにも専門性が高いエネルギー源だった。原発や潜水艦、空母など、利用方法はかなり限定的で、兵器として使用すれば同等の反撃を受けるリスクがあるため、核による防衛安全保障は「保持」に限定されているのが現実だ。

 

つまり、核は「エネルギーの転換」までは果たせなかった。良くも悪くも21世紀にいたっても「石油の世紀」は続いている。戦争においてもしかり、だ。この局面で北朝鮮に対して「石油の禁輸」を持ち出したアメリカは、やはり石油と戦争の関係を良く理解しているといえるだろう。

さて、その制裁決議から2日後の14日、北朝鮮は中距離弾道ミサイル「火星12」を発射する。制裁に対する「反発」「挑発」という枕詞付きで報じられたのだが、「挑発」も「反発」も感情的な行為であり、私はこの見方には同調しない。

【PHOTO】gettyimages

金正恩氏の母は、父・金正日氏から「あゆみ」と呼ばれて寵愛を受けた大阪出身の在日朝鮮人である。正恩氏本人も寿司が好物で、日本文化に囲まれて育った。12歳でスイスに留学し、4年間をヨーロッパで過ごす。朝鮮語のほかに英語・中国語・ドイツ語・フランス語を話すとされる。

経歴だけ見れば「革命の血族の末裔」というよりは、エリート・ビジネスマンのそれだ。裏のルートで麻薬や武器など黒い商品を扱い、北朝鮮主導部の懐を潤すことがすべての行動原理だから、主導者というより「ビジネス・マフィア」と呼ぶべきだろう。

経済ヤクザとは、ソロのマネタイズの職人だ。大手企業が稟議書の手間に縛られている間に、手段に躊躇することなく行動し、決算までしてしまうことでアドバンテージを得る。私自身、組織の持つ暴力性と経済を合理的に利用し、極めてプラグマティックにヤクザ人生を歩んできた。

あるのはドライな感情と決断、行動のみ。その国家版である北朝鮮のトップがミサイル実験や核実験を繰り返すのは、決して「反発」や「挑発」といった感情によるものではない。むしろその逆で、何かを得るために行っているとみることの方が正しい。「緊迫の9月」を通じて金正恩氏は実に多くのモノを得たというのが私の考えだ。

関連記事