- やらない夫
- いきなり話が飛ぶように感じるかも知れないが,ここで,何らかの信号を入力すると何らかの信号が出力される「システム」を考えよう.
- やる夫
- 唐突だお.
- やらない夫
- そうかも知れないが,たたみこみとは何かを理解するためだ.このシステムが具体的に何をするのかは別にどうでもいいんだが,例えば,音声信号を入力したら,高音がカットされた出力信号が出てくるとか,エコーがかかった出力信号が出てくるとか,まあそんなのを想像しておけばよい.
- やる夫
- まあ想像はできるお.
- やらない夫
- 連続時間でも離散時間でも同じ話になるんだが,ここでは離散時間で考えることにしよう.入力 を入れると,出力 が出てくる.よくこういうブロック図と呼ばれるものを書くわけだ.
- やる夫
- 制御工学の授業でよく出てきたやつだお.
- やらない夫
- システム,つまりこの箱の部分は,信号 から信号 への写像を定めているわけだ.ちょっと注意して欲しいのは,これは,ある時刻 の入力の値 から出力の値 への関数というわけではなくて,
という の関数から, という の関数への写像だってことだ.数学では作用素と呼ばれるものだな.
- やる夫
- 何か難しそうな話になってきたお.
- やらない夫
- 実際,一般論としては簡単じゃないんだな.これから,この関数 から
への写像を何とか数式で表してやろうと考えていくんだが,完全に一般の場合を考えてしまうと難しい.
- やる夫
- 関数から関数を定めるためのルールを数式で表すってことかお.そりゃややこしいに決まっているお.
- やらない夫
- ところが,ある条件を満たすシステムのみに話を限定して考えると,簡単に書き表すことができるんだ.その条件というのが「線形性」と「時不変性」だ.
- やる夫
- それも聞いたことあるお.
- やらない夫
- 線形ってのは,入力が定数倍されたり足し合わされたりしたら,出力も同じく定数倍されたり足し合わされたりするってことだ.つまり,入力 に対する出力が ,入力 に対する出力が だったとき,適当な定数 ,
を使って
という入力信号を考えると,出力信号は
になる.
- やる夫
- 和と定数倍が保存されるってことだお.
- やらない夫
- もう一つの条件の時不変ってのは,時間をずらして入力信号を入れてやると,元の出力と同じ形の信号が同じ時間だけずれて出てくるということだ.つまり,入力 に対する出力が だったとすると,
を入力したときには,
が出力される.
- やる夫
- 同じ波形を入れたら,いつでも同じ波形が出てくるってことだお.
- やらない夫
- なんだ,わかってるじゃないか.
- やる夫
- 制御工学の授業でも習ったと思うお.でも,どうしてそんな条件を置かなきゃいけないのかよくわかってないお.
- やらない夫
- つまるところ,入力信号を複数の要素に分解して考えられるようになるってところがミソだ.分解後の各要素について出力を考えて,それらを重ね合わせればいい.で,どんな要素に分解すればよいかというと,単位インパルス信号だ.
- やる夫
- んーと,単位インパルスというと,デルタ関数のことだったかお?
- やらない夫
- ああ,連続時間ならデルタ関数だ.今は離散時間を考えているから,
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(8.10) |
のことを単位インパルス信号と呼ぶ.
時刻 0 のところに面積 1 の値があるのが連続時間の場合の単位インパルスで,時刻 0 のところに振幅 1 の値があるのが離散時間の場合の単位インパルスだ.
- やる夫
- 同じ名前なのに連続時間と離散時間で別なのかお.紛らわしいお.
- やらない夫
- あるシステムに単位インパルス信号を入力したときに得られる出力信号のことを,そのシステムの単位インパルス応答,あるいは簡単にインパルス応答という.そうだな,例えば高音をカットするシステムであれば,こんな風になまった出力が出てくるだろう.
- やる夫
- エコーをかけるシステムだったら,こんな風に単位インパルスにエコーがかかった信号が出てくるわけだお.
- やらない夫
- そしてここからが核心だ.線形時不変システムの場合,インパルス応答さえ知っていれば,他のどんな入力に対する出力でも計算によって求めることができる.例えば,単位インパルス応答が で表されるシステムを考えよう.
そこに
という信号を入力したとする.
- やる夫
-
以外の時刻ではずっと 0 の入力なわけだお.
- やらない夫
- そう.だからこの場合は
の 3 点それぞれに分解した入力に対する応答を重ね合わせればよいことになる.時刻 での入力信号値は
だ.このシステムは線形だから,これに対する出力は単位インパルス応答の振幅を 倍した
になる.
- やる夫
- 単位インパルスの振幅を 2 倍にした信号を線形システムに入力したんだから,そうなるお.
- やらない夫
- 次に, のときの入力信号値は だ.これは,単位インパルスを 1 時刻遅らせて,振幅を 4 倍したものだ.時不変性から,出力も 1 時刻遅れて,線形性から出力の振幅も単位インパルス応答の
4 倍になる.つまり
が出力される.
- やる夫
- そうか,で, のときは,単位インパルス応答を 2 時刻遅らせて,振幅を 3 倍した
が出力になるわけだお.
- やらない夫
- その通り.結局,入力信号全体に対する出力は,線形システムだから,今考えたものの和になる.
これがたたみこみの正体だ.
- やる夫
- ああ,確かにたたみこみの式
が出てきたお.つまり,単位インパルス応答を,入力信号の各時刻の値に対応して時間シフト + 定数倍しながら重ね合わせたものがたたみこみの計算になるんだお.
- やらない夫
そういうことになる.同じことを別の見方で見てみようか.インパルス応答
というのは結局何だったかというと,ある時刻に入力された単位インパルスが即座に出力に及ぼす影響 ,1時刻遅れて及ぼす影響 ,2時刻遅れて及ぼす影響 …を表すものだったわけだ.
- やる夫
- わかるお.
- やらない夫
- ある時刻 の出力値 を考えよう.
は,時刻 の入力値 が即座に及ぼす影響である
,時刻 の入力値 が1時刻遅れて及ぼす影響
,時刻 の入力値 が2時刻遅れて及ぼす影響
… をすべて重ね合わせたもので構成されている.つまり
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(8.14) |
となるわけだ.これがたたみこみだと考えてもいい.
- やる夫
- ああ,
がこっちに相当するわけだお.
- やらない夫
- まあ最初に見た通り数式の上では等価なので,どちらで考えても同じことだけどな.
ともかく重要なのは,線形時不変システムは,その挙動をインパルス応答のみで完全に記述できるということだ.本来は,入力信号に出力信号を結びつけるという高度なことをするはずの「システム」を,インパルス応答という「信号」と同一視できる.なので,「インパルス応答が であるシステム」のことを「システム 」と呼んでしまったりするわけだな.そういう理由でブロック図の箱の中に と書いてしまったりもするわけだ.
これは線形時不変システムならではの著しい特徴だ.そして,インパルス応答と入力信号から実際に出力信号を得るための操作がたたみこみだというわけだ.
- やる夫
- 連続時間でも同じことなのかお?
- やらない夫
- そうだな.重ね合わせるところが和ではなく積分になるので若干わかりにくいかも知れないが,全く同じことだ.
連続時間の場合,ディラックのデルタ関数 を単位インパルス信号と考えて,それに対する出力をインパルス応答 と呼ぶことにする. の瞬間に「積分したら 1」になるインパルスを入れることを考えるわけだ.
- やる夫
- えーと,縦が無限大で,横が 0 で,縦横かけて面積を求めると 1 になるようなものを考えるんだったお.…んー,でも例えば
を考えるときに高さ無限大の入力なんて普通考えないお?
- やらない夫
- そこは,今まで何度もやってきたように,インパルスを同じ面積の短冊に置き換えて考えればいい.入力 を幅
の短冊に切り分けて考える.
を整数として,
の瞬間に高さ
の短冊が入力されることになるわけだが,その面積は
なので,インパルス
が入力されたのと同じ効果だと考える.高さを
倍して時刻
だけシフトしたインパルス関数と,この短冊 1 枚を同一視したってことだ.
- やる夫
- えー,短冊の方は幅があるから,インパルスと同じとは思えないお.
- やらない夫
- もちろんそうなんだが,後で
の極限を取るので気にしないでくれ.そうすると,この短冊 1 枚に対応して現れる出力は
になる.
- やる夫
- 線形時不変だから,出力もインパルス応答 が
倍になって,時刻
だけシフトしたものになるわけだお.
- やらない夫
- これをあらゆる整数 について足し合わせることで出力が得られる.
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ここで
の極限を取ると,
は連続変数
になって
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となる.これが連続時間の場合のたたみこみだ.