- やる夫
- なるほど.…ってあれ? まだそのフーリエ係数の求め方を聞いてないお.
- やらない夫
- それがこれからの話だ.
- やる夫
- やらない夫は話が長いお.
- やらない夫
- 誰のために話してると思ってんだ! まあいい.基本的なアイディアはこういうことだ.例えば
の値を求めたいとしよう.式 (1.1)
の両辺を式変形していって,
以外のすべてのフーリエ係数がうまいこと消えてくれるようにしてやる.そうすればあとは
についての方程式を解いてやればいいわけだ.
- やる夫
- そんなうまくいくのかお.
- やらない夫
- じゃあまず
から考えるか.この場合やることは割とシンプルだ.両辺を
から
まで単純に積分しよう.
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(1.3) |
で,ちょっと細かいことに目をつぶって,右辺の積分と総和を入れ替え可能だとしようか.するとこうなる.
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(1.4) |
- やる夫
- う,なんかひどいことになってきたお.
- やらない夫
- 見た目はごついけど,やってることは単純だ.積分を,級数の各項の中でするようにしただけだな.で,その各項のうち,
以外はきれいさっぱり 0 になって消えるんだが,わかるか?
- やる夫
- ?
- やらない夫
- 右辺に出てくる cos や sin はどれも,いま積分している
から
の範囲にちょうど整数個の周期がすっぽりおさまっているんだったろ? だからこの範囲で積分すると全部 0 になる.式で書くと,任意の自然数 についてこうなる.疑うんなら計算してみるといい.
- やる夫
- 疑いませんお.
- やらない夫
- てことで,
の項だけ残るわけだ.
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(1.6) |
あとはこれを
について解けばいい.
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(1.7) |
- やる夫
- あ, が求まったお.つまり元の信号を 1 周期分だけ積分して,それを周期の長さで割ればいいのかお.
- やらない夫
- そういうことだ.要するに元の信号の時間平均値が
だ.
sin や cos の足し合わせだけじゃ,どう足掻いても平均 0 の信号しか作り出せないから,その分を定数項
として足してやっているわけだ.「直流成分」と呼ばれる由縁だ.
- やる夫
- その他のフーリエ係数も同じように計算すればいいのかお? でも今みたいに都合よくいく気がしないお.
- やらない夫
- 考え方は同じだ.でも使うのは式 (1.5) ではなくて,こんなのだ.任意の自然数 , の組について
- やる夫
- なんかまた大軍が押し寄せてきたお.
- やらない夫
- お前はいちいち大げさなんだよ.まず記号の説明だが,
は, のときに 1,それ以外の場合に 0 になることを表す.
- やる夫
- 知ってるお.クロネッカーのデルタだお.
- やらない夫
- なので結局これらの式が言っていることは,ある区間の中にちょうど整数個の周期がすっぽり収まるような cos とか sin を 2 種類持ってきて,両方をかけあわせてからその区間で積分しても,ほとんどの場合は 0 になって消える; 消えないのは,全く同じもの同士をかけあわせた場合だけだ,ってことだ.
- やる夫
- ええと,sin 同士,cos 同士の場合は同じ周波数のものどうしの場合以外は 0 になって,sin と cos をかけあわせた場合はどんな場合でも 0 になる.確かにそうなってるお.
- やらない夫
- 直観的には…こう考えようか.全く同じもの同士をかけあわせた場合は常に正の値になるから,積分して 0 にならないのは納得できるだろう.それ以外の組み合わせでは,かけあわせたときに正の部分と負の部分がちょうど同じ面積になるように生じて,積分したら 0 になる.まあ気になるならこれも自分で計算してみるといい.高校数学の範囲で計算できるからな.
- やる夫
- ふーん,まあ,気が向いたらやっとくお.
- やらない夫
- これらの式 (1.5) と式
(1.8) をあわせて三角関数の直交性と呼ぶ.詳しい話はそのうち触れたいと思うが,いま何度もやった2つの関数を「かけてから積分する」という操作は,2つの関数の内積を計算していることになるんだ.異なる三角関数は内積がゼロ,つまり直交していることを意味するから直交性と呼ぶ.
- やる夫
- 何をいってるかわからんお.内積はベクトルに対して計算するものだお.関数の内積って意味わからんお.直交しているってのもわからんお.角度はどうなってんだお.
- やらない夫
- まあそう思うのもしかたないかも知れないが,関数をベクトルとみなす考え方なんだと思ってくれ.イメージとしては,そうだな,例えば
と
という 2 つの3次元ベクトルがあったら,要素ごとにかけて総和を取って
とするだろ.
- やる夫
- それはわかるお.
- やらない夫
- じゃあ関数を,その関数値がずらーっと並んだものを要素とする無限次元のベクトルだと思えば,総和が積分になって「かけて積分」するのが内積の計算方法になりそうな気がしないか?
- やる夫
- えっ…,気がしないかと言われるとそういう気がしないでもないお.でもさすがに騙されている気がするお.
- やらない夫
- うん,まあ正直騙しているに近い.ただ,厳密に数学的な議論をしても同じ結論にたどり着くので,とりあえずそういうもんだと思ってくれ.「直交する」ってのも,「内積がゼロになる」ことをそう呼ぶんだとだけ覚えておけばいい.
- やる夫
- ふーん,ま,いいお.で,これをどうやって使うんだお?
- やらない夫
- さっきと同じで,いま欲しいフーリエ係数だけを残して他が全部消えてくれるようにすればいい.例えば
が欲しいなら,
は
の項の係数なんだから,式 (1.1) の両辺に
をかけてから積分すればいい.
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(1.11) |
さっきと同じように右辺の積分と総和を入れ替えると,右辺は
の項以外がすべて消えて
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(1.12) |
となる.
- やる夫
- ややこしいけど,さっきとだいたい同じだからわかるお.あとは
について解けばいいんだお.
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(1.13) |
- やらない夫
- そうだな.他の係数も全く同じだ.さっきの
も一緒にまとめると,フーリエ係数は以下の式で与えられることになる.
結局, をフーリエ級数に展開するときは,
の項の係数は に
をかけたものを積分したものになるし,
の項の係数は に
をかけたものを積分したものになる.定数項はそのまま積分したものだったな.
- やる夫
- やっとたどり着いたお.感慨深いお.
- やらない夫
- じゃあ,ここまでの話をまとめるか.
- 周期
の周期関数 (の実用上ほとんど) は,式 (1.1) のような三角関数の無限和で表すことができる.これを のフーリエ級数展開と呼ぶ.
- ここに出てくる各係数は式 (1.14)
で与えられて,フーリエ係数と呼ばれる.
- 足し合わされる三角関数は,元の関数 の周期,その 1/2 の周期,
1/3 の周期,1/4 の周期…を持つものである.それ以外の周波数成分は存在しない.
- やる夫
- 一個質問していいかお?
- やらない夫
- おお,何だ.
- やる夫
- 数学の授業で使った教科書ではフーリエ級数の直流成分の項が
じゃなくて
になってた気がするお.教科書が間違ってたのかお?
- やらない夫
- いや間違ってはいない.式 (1.14)
の 3 つの式をもう一回見てくれ.もし
を 2 倍の値にしてよければ,1 個めの式は 2 個めの式に含めてしまえるのがわかるか?
- やる夫
- ええと,2 個めの式で としたら,cos は 1 になるから,確かに
1 個めの式の 2 倍の値になるお.
- やらない夫
- だから,この 2 つの式を一緒にまとめてしまう方が美しい,と思う人が教科書を書くと,
を今日話した定義の 2 倍にしてしまって,代わりに式 (1.1) の直流成分の項の方を 1/2 倍して表すことになるんだ.どっちも中身は変わらない.フーリエ級数展開の式をきれいに見せたいか,フーリエ係数の計算式をきれいに見せたいか,それだけの違いだな.
- やる夫
- 面倒くさいから統一して欲しいお.