でかお、脳の挑戦… 年末年始に読みたい10冊
12年7~12月書評閲覧ランキングから
今年のベストセラーは100万部突破が1冊。書籍販売総額は減少し、ベスト10にはハウツーもの系統が大半を占める。しかし、今年下期(7~12月)によく読まれた日経電子版の書評をランキングしてみると、ちょっと違う。分野は違っても「今をいかに生きるか」を真摯に問いかける書籍が上位3位に並んだ。政局迷走と政権交代、中国・韓国との領土問題、不透明な日本経済の見通しが読者の心をより深く重く書物に向かわせているのだろうか。(7~12月の書評閲覧ランキングは後半に掲載しています)
何度読んでも涙腺がゆるむ
1位は絵本「明日もいっしょにおきようね」(草思社、穴澤賢著)。年間ランキングでも1位を占めた。ふてぶてしい見かけとマイペースな性格の猫「でかお」と、人間性は申し分ないが積極性に欠ける若い女性との物語だ。舞台は捨て猫が収容されている保健所。「でかお」は主人公に可愛がられているうちは幸せだが、その先には理不尽な運命も待ち構えている。ストーリー自体は単純で結果も分かっているのになぜか何回読んでも涙腺を刺激されてしまう。「でかお」のような人生行路は身近にも自分にも思い当たることが多いからだろうか。
脳学者・茂木健一郎の「挑戦する脳」(集英社)が2位。既に数多くの著書を持つ中で「脳は学習したり思考するためにではなく挑戦するために使われる」を本書のテーマに据えた。「偶有性」と呼ぶ想定外の事態に直面するときにこそ、脳細胞が本領を発揮するという。「挑戦」は気付かないうちに日常の中に忍び込んでいる。特別な人間ではない、ごく普通の私たちの人生に「挑戦」は遍在していると説く。
70年前の米中日関係を読み解く
3位は「米軍が恐れた『卑怯な日本軍』」(文芸春秋、一ノ瀬俊也著)は一見政治主張の本に思えるが実際は違う。太平洋戦争末期における米軍の対日本軍マニュアルを丹念に具体的に読み説いた学術的な内容を平易にまとめた1冊だ。米軍が指弾した日本兵のずるい戦術――降伏したふり、死んだふり、友好的な民間人を装う――は日本軍が日中戦争時に中国軍から受けた戦法そのままだった。
さらにマニュアル自体が持つイメージ植え付けの強さについても分析している。東アジア情勢に不安定要因が懸念される現在、約70年前の米中日関係の隠れていた一面を示し、読者に地域の安定について問わず語りに考えさせてくれる。
企業社会でどう生き残るかを説くビジネス本は依然注目度が高かった。「働く女性 28歳からの仕事のルール」(4位、すばる舎、田島弓子著)、「100円のコーラを1000円で売る方法2」(5位、中経出版、永井孝尚著)、「好きなことで70歳まで働こう!」(7位、西山昭彦編著、PHP研究所)は独立を志す女性ではなく、マーケット最前線のマネジャーでもなく、定年を考え始めた中年層でもなくとも、組織人の1人であれば一読に値する。28歳という入社して仕事をひと通り覚えた時期に着目し心構えを説く、商品に頼らずマーケット戦略が大事で一番の敵は「過去の成功経験」、定年後の人生設計のスタート地点は45歳から――。成功の法則は万古不易で「準備のスタートは早めに」。
創作ではなく実際に起きた話です。それが男女問わずペットを飼っていない人も読んでくれている理由かも知れません。「捨て猫」の問題は動物と暮らしていると何らかの形で関わってくる問題。毎年20万頭以上の犬や猫が「処分」されています。問題の大事さを抑えたトーンで伝えられればという気持ちです。次に飼うときはペットショップに行くのではなく「里親」になるといった感想を送ってくれる読者も少なくないですね。
わかりやすいサブカル
現代社会をえぐり出したのが「ギャルと不思議ちゃん論」(9位、松谷創一郎著、原書房)。一般的にサブカルチャー論はその世界特有の用語や言い回しが「部外者」には取っつきにくい。本書は過去30年間のさまざまなケースを、具体的なデータを活用して解説しているのがカベを乗り越える助けとなっている。「空洞化のウソ」(10位、講談社、松島大輔著)も経産省キャリアの著者の実体験と客観的な現状分析が「国内で生き残るために新興アジアへ」という一見真逆な主張に説得力を与えている。
他人から見れば順風満帆なエリート人生まっしぐら、あたかも前もって決められていたかのように頂点を極めた人物が、実は少年時代からさまざまなプレッシャーに悩まされていた……。トップテニスプレーヤーのアガシ自伝「OPEN」(6位、ベースボール・マガジン社)はそうした本人の苦しみを赤裸々に書きつづった1冊で、読者の関心は相変わらず高い。
将来が楽しみな新進気鋭
天才選手の不思議な言動は、ジャンルは違えど18日に亡くなった米長邦雄将棋元名人にも度々見られた。自己暗示をかけて強敵との試合前に徹夜したり、「勝負の神様」に好かれる方法を真剣に考えたり、マーケットの必勝法を解明したとして逆に大損しそうになったり――。しかし超一流はみな最後は同じ場所に立ち戻る。運命も含めて自分を信じる強烈な信念がそれだ。
最後に新進気鋭の作家による最新作を。「私を知らないで」(8位、集英社、白河三兎著)は2009年にミステリー作家としてデビューしてまだ3作目。本作では青春小説に初挑戦した。転校を繰り返す中学生の男の子が主人公だが無論甘酸っぱいだけの展開にはしない。ミステリー的な手法が駆使されている。本作を読んだ読者は人気作家の誰彼と似たような行間の味わいを感じるかも知れない。しかし似ているようでその誰とも違う、そこにも作者独特の仕掛けが施されている気がしてならない。最終ページにたどり着いても、まだもう少しこの世界に浸っていたいと思わせる作品だ。=文中敬称略
(電子整理部 松本治人)