世界に広がる日本の通貨製造の「すご技」
編集委員 小林明
写真の貨幣が何かご存じだろうか?
答えはバングラデシュで使われている2タカ貨幣(日本円で約3円)――。実はこれ、財務省と独立行政法人、造幣局が製造した日本製の貨幣である。つまり、れっきとした「メード・イン・ジャパン」なのだ。
海外の流通貨幣の生産受注は戦後初
「バングラデシュ中央銀行が2012年に実施した国際競争入札で落札しました(13年に正式調印)。製造枚数は5億枚。外国の一般流通貨幣製造を受注するのは戦後初めてのことです」と話すのは造幣局総務課。入札では英国、ドイツ、スペイン、オランダなどの強国に競り勝ったという。今後もアジアや中東、アフリカなどへの"売り込み"を強める意向だ。
財務省と造幣局は目下、外国貨幣の製造受注に力を入れている。記念貨幣を含めると、07年のニュージーランドを皮切りにスリランカ、バングラデシュ、カンボジアなどから相次いで貨幣製造を受注。今年はブルネイ通貨金融庁から日本・ブルネイ外交関係樹立30周年を記念する銀貨、さらにミャンマー中央銀行から日本・ミャンマー外交関係樹立60周年を記念する銀貨の製造もそれぞれ請け負った。国際化に一気に拍車がかかった格好だ。
高い技術力が強み、背景に製造量減少
なぜ「海外受注」に積極的に取り組んでいるのだろうか?
背景には、電子マネーやプリペイドカードなどの急速な普及に伴う貨幣製造量の減少がある。造幣局によると、国内の年間貨幣製造枚数(1~500円の合計)のピークは1974年の56億1千万枚。消費税が導入された89年には1円と5円の需要が一時的に増えて再び50億枚を超えたが、その後はおおむね「右肩下がり」の傾向が続いている。2013年は約8億5千万枚で74年のピーク時の15%前後の水準だった。
そこで、設備や技術の余力を外貨製造受注にうまく生かそうという作戦に乗り出したというわけ。
国際競争下での日本の強みは技術水準の高さ。特に貨幣や紙幣の偽造防止技術は世界最高水準と見られており、財務省は新興国などからの受注拡大の可能性を探っている。造幣局によると、世界約190カ国・地域のうち自前で貨幣を製造しているのは約60カ国程度。残りは貨幣をつくる技術や設備が乏しく、他国に製造を委託している。
日本の強力なライバルは、ユーロ統合で生産設備に余力のある欧州各国やカナダなど。技術水準の高さをアピールすることで受注を増やしたい考えで、麻生太郎財務相らもトップセールスに力を入れている。
高額貨幣500円玉に技術満載
日本通貨の偽造防止技術の実力はどの程度なのか?
まず貨幣。1~500円玉のうち最も偽造対策で力を入れているのが500円玉だ。世界でも屈指の高額貨幣で、1999年ごろに韓国の500ウォンなど海外貨幣の不正使用事件が頻発したため、2000年に様々な偽造防止技術が施された。
ポイントは主に4つ。1つ目は側面の「斜めギザ」。通常、側面のギザは表裏面に対して垂直に刻まれることが多いが、500円玉は斜めにギザが入っているのが特徴。貨幣をねじりながら金型から取り出すことで実現した特殊な技術で、大量生産型の貨幣に導入するのは世界で初めてという。
斜めギザ、潜像、細微加工……
2つ目は「潜像」。「500」という数字の「0」の中を見てほしい。角度を変えると、「500円」という文字や「縦棒」が次々と浮かび上がる。光の入射角や反射角による明暗の差で像を描き出す仕組みだ。
残りの2つは「微細線」と「微細点」。文字部分の「日本国」「五百円」の周りに扇状に刻まれている微細な線模様が「微細線」。髪の毛よりも細い精巧さだ。また桐(きり)の葉の中央部分に施されているのが「微細点」。目に見えないほどの微細な穴がいくつも刻まれている。
こうした最先端技術を駆使することで偽造を防いでいるわけだ。
カラーコピーできないマイクロ文字
日本の紙幣にも様々な最先端技術が詰め込まれている。
1万円、5千円、千円……。手にとって目を凝らしてみると、所々に「NIPPON GINKO」や「10000」「5000」「1000」などの極小の文字(マイクロ文字)が印刷されているのが分かる。
たとえば千円札。野口英世の頭部の両脇から伸びる帯に「NIPPON GINKO」と印刷されている。5千円札だと、樋口一葉の頭部の背景や下部に「NIPPON GINKO」と印刷されている。かなり小さいので虫眼鏡で見ないと読み取れないかもしれない。1カ所だけでなく、お札の様々な箇所に大小取り混ぜた文字が印刷されている。「図柄も細密な線で描かれているので、カラーコピー機や通常の印刷では再現できません」(日本銀行発券局)という。
「さわる」――深凹版印刷
ここで偽札かどうかを簡単に識別する方法を紹介しよう。効果的なのは「さわる」「傾ける」「すかす」の3つ。
まず「さわる」。肖像や文字、識別マークの部分にはインクを高く盛り上げた「深凹版印刷」が施されているため、手で触るとザラザラとした感触がある。慣れた人なら、手触りだけで「おかしいな」と気付くこともあるそうだ。手触りがあまりにもツルツルしているようなら注意が必要だろう。
「傾ける」――潜像・ホログラム
次に「傾ける」。お札を傾けると、1万円札には表面左下に「10000」、5千円札には表面中央下に「5000」、千円札には表面左下に「1000」と「千円」(パール印刷)の文字が浮かび上がる。一方、裏面の右側に浮かび上がるのが「NIPPON」の文字。これらは、インクの盛り上げ方や着色の仕方の微妙な違いを使って印刷した「潜像模様」である。お札の左右にはパール光沢のあるピンクの半透明な模様(パールインキ)も見える。
1万円札と5千円札には表面の左下にホログラムも付いている。角度を変えると、「10000」「5000」の額面金額や桜の模様、日銀の「日」を図案化したマークが次々と浮かび上がる。
「すかす」――肖像・縦棒
中央部分に見えるのは肖像画などの「すかし」。日本のすかしは、白すかしと黒すかしを組み合わせて濃淡の差を美しく表現できるのが特徴。1万円札には3本、5千円札には2本、千円札には1本の縦棒の「すかし」も施されている。
このように「さわる」「傾ける」「すかす」ことでお札をチェックできる仕掛けになっている。これらの技術を偽札で再現するのは至難の業。多数の偽造防止技術で幾重にも守られているのだ。
偽造発生率が低い日本のお札
日本の偽造防止技術の高さを裏付ける統計がある。
お札を製造する独立行政法人、国立印刷局によると、日本のお札の偽造の発生率はほかの主要紙幣と比べてもかなり少ない。流通量に対する偽札発生率を日本円を1とした場合、ユーロは216、米ドルは638、英ポンドは1619だった(日本円、ユーロ、英ポンドは2012年、米ドルは06年のデータから算出)。「日本は比較的治安が良いうえ、高度な偽造防止技術が幾重にも施されているので偽造しにくいため」(国立印刷局)と考えられている。
世界に誇る日本の通貨製造技術は独自に開発した技と知恵の結晶――。
これも世界の関心をひき付け、ビジネスを生み出す有力な日本文化「クール・ジャパン」といえるかもしれない。
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