"ヒトは空を飛べる" 東大・ソニー・電通が挑む夢
「えっ。このボールは地面に落ちないぞ」。本郷キャンパス付近の実験室。暦本氏が率いる研究チームが開発した「ホバーボール」は重力とは無関係のようだ。暦本氏がホバーボールを受け手とは違う方向に投げても、ボール自らが曲がって受け手に収まる。
4枚の羽で自由自在
その仕掛けはボールの中心部に搭載した4枚の羽を持つクアッドコプターで、実はドローンだ。例えば、ボールを投げる人が視線を送った相手に届けるという命令と、相手の位置を捕捉するシステムを組み込んでおけば、受け手が移動しても、ボールは地面に落ちずに受け手を追う仕組み。
ボールを空中で静止させたり、空中で動くスピードをコントロールできたりする。暦本氏は「体力や運動能力の格差や障壁を取り除いて、幼い子供や高齢者、身体に障害を持つ人も楽しめるスポーツのインフラを作り出したい」と力を込める。
スポーツをテーマとするだけに開発拠点は、東京五輪の旗振り役を務める電通傘下の電通国際情報サービス・オープンイノベーション研究所が8月に立ち上げた「スポーツ&ライフテクノロジーラボ実験スタジオ」。暦本氏はシニアリサーチフェローを務める。
ホバーボールの中核となるクアッドコプターは暦本氏が副所長を務めるソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)が開発を担い、ボールや受け手の位置を認識する仕組みは東大の研究室が担当する。いわば、東大、ソニー、電通の合作だ。
暦本氏の視線はさらに先。ドローンを活用して、人間が仮想的に空中を飛行する構想だ。最近、米国での展示会や会議で「テレプレゼンス・ロボット」を目にする機会が多い。視線の高さに大きなディスプレーとカメラがあり、車輪を備えて自ら移動可能なビデオ会議システムだ。
ロボットが自分で判断
ディスプレーには本人が登場して相手に話しかけ、カメラを通じて相手の表情や会話を受け取り会話する。展示会や会議に参加できない人がテレプレゼンス・ロボットを遠隔操作して出席する。その技術を応用することでドローンとの一体化を目指す。ロボットとの一体化はどう実現するのか。あるロボットと視野を共有し、自らの体のように遠隔操作することを「ジャックイン」というが、実は簡単ではない。
人間は歩行時に無意識に前後左右上下に視線を移して障害物を避ける。ロボットが送る前後左右の映像をチェックし、障害物を避ける判断をしてロボットを操作するとすぐに疲れてしまう。
そこで重要になるのがロボットの自律性だ。「乗馬のように、普段は馬に任せて、自分の意思を示したい時に手綱を引くような仕組みを導入すればいい」と暦本氏は説明する。ロボットと人間のそれぞれの能力を調和させることが必要になる。
その第一歩が、ホバーボールと同時並行的に開発するウエアラブルシステム「ライブスフィア」。前後左右上下にカメラを組み込んだ帽子型の装置をかぶると、多くのカメラで撮影した映像を統合し、自分が体感した映像を第三者に送ることができる仕組みだ。
「ドローンへのジャックインはチャレンジングだ」とは暦本氏の見立てだ。ヒト型ロボットは人間を究極の姿とするため、両者の能力の擦り合わせは可能になる。しかし、ドローンの飛行は生身の人間が不可能な領域。自然なインターフェースの確立には壁がはだかる。
東京五輪や産業での活用も
イカロスのギリシャ神話にもあるように人類にとって飛ぶことは永遠の夢。多くの映画でも未来の生活を描くシーンでは空中を人や物が自由に走り回る。人間は少しずつ地上から離れる努力に励み、1964年の東京五輪では高速道路が走り、3次元の利用が進んだ。
2020年の東京五輪ではドローンが活躍しそうだ。米アマゾン・ドット・コムが倉庫から消費者の自宅までドローンで商品を運ぶといった構想を打ち上げ、米グーグルも同様の配送システムの研究・開発を進める。国内企業でも設備管理などにドローンを使う動きが出ている。
すべてのものがインターネットにつながって設備の制御や異常を予知する「IoT(インターネット・オブ・シングス)」の動きが加速しているが、暦本氏はネットにつながることによって人間の能力が拡張する「IoA(インターネット・オブ・アビリティーズ)」の時代が到来すると予言する。
「飛行という人間にはできない能力を実現するドローンの産業分野での発展の可能性は非常に大きい」。ロボット研究の第一人者である北野宏明・ソニーCSL所長は断言する。人類の未知の領域に向け、暦本氏の挑戦は始まったばかりだ。(多部田俊輔)
[日経産業新聞2014年11月14日付]