「ネット愛」でつながるか KDDIの新構想「Syn.」
ブロガー 藤代裕之
スマートフォン(スマホ)時代の新たなコンテンツ流通の取り組みとして注目を集めるKDDIのSyn.(シンドット)構想。個性的なサービスを展開する12社が連携し、ユーザーに情報を届ける仕組みをけん引するKDDIの新規ビジネス推進本部森岡康一担当部長は意外な言葉を口にした。それは「ネット愛」だ。
ネット好きを集めたい
「覇権(を握ること)は考えてない。ネット好きな人が集まれば化学反応が起きるんじゃないか」。IT(情報技術)系企業が多く拠点を構える渋谷にそびえる複合ビル「ヒカリエ」の会議室で、ヤフー、フェイスブックとネットの最前線を渡り歩いた森岡氏が熱く語り始めた。
Syn.は、連携する12社のサービスに、相互のサービスへリンクした共通メニューを用意してユーザーの利用を促進する。広告配信やサービス連携なども行う。
ガラケーではドコモのiモード、PCネットではヤフーが大きな存在感があった。ユーザーはそれぞれのトップページを経て、望むサービスを利用する場面が多かった。それに対して、スマホ時代はサービスの群雄割拠の状態だ。そんな先入観をもって臨んだら森岡氏の話は意外に聞こえるだろう。
「こういう構想は地道に温めるもの。いきなりやって、いきなりもうかるものではない。ネットのことが好きで、地道にやっているサービスを知ってもらいたいんですよ。例えば、ジョルテ(運営会社ジョルテ)。カレンダーで世界を変えるってやばいですよ」
確かにSyn.には特徴あるサービスが並ぶ。化粧品を中心とした口コミサイトの@コスメ(アイスタイル)、音楽やコミックを扱うニュースメディアのナタリー(ナターシャ)、生活に役立つ課題解決のハウツーを集めるナナピ(nanapi)などだ。独自コンテンツの制作やユーザーと一緒にコンテンツを作るサービスに地道に取り組んでいる。
カテゴリ | 企業名 | サービス名 |
---|---|---|
ビューティー | 株式会社 アイスタイル | @cosme |
ゲーム情報 | 株式会社AppBroadCast | ゲームギフト |
天気 | 株式会社 ウェザーニューズ | ウェザーニューズ |
ニュース | A3 | 報道ヘッドライン |
カレンダー | 株式会社ジョルテ | ジョルテ |
音楽 | 株式会社ナターシャ | 音楽ナタリー |
コミック | 株式会社ナターシャ | コミックナタリー |
ノウハウ | 株式会社nanapi | nanapi |
地図・交通 | 株式会社 ナビタイムジャパン | ナビタイム |
ブックマーク | 株式会社はてな | はてなブックマーク |
ファッション | 株式会社VASILY | iQON(アイコン) |
ランキング | 株式会社ビットセラー | Qrank |
タイムセール | 株式会社ルクサ | LUXA |
はてなブックマークでSyn.に参加するはてなの栗栖義臣社長を横にして、森岡氏は「はてなブックマーク(はてブ)大好きなんですよ。使っています。キュレーションメディアがはやっていますが、はてブは元祖CGM(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア)。こんないいものが何でギークだけに使われているんだろう」と、はてなブックマークへの熱い「ネット愛」を語り続けた。
Web2.0の頃の熱気
森岡氏の話を聞きながら、2005年ごろから数年間ブームとなったWeb2.0での熱気を思い出した。2001年に京都で創業したはてなは、最初期からブログサービスを展開し、『ウェブ進化論』でWeb2.0を広めたコンサルタントの梅田望夫氏が取締役を務めており、Web2.0の中心的企業のひとつであった。当時は、ブログなど人々がつくるコンテンツやサービスの可能性が語られた。
はてなはいったん米国に進出した。その後、京都に本社を戻し、任天堂と提携したサービスを作ったり、ブログサービスのリニューアルを行ったりしていたが、それほど大きな動きはなくメディア露出も限られていた。Web2.0もいつの間にか過去のものとなっていた。
8月に創業者の近藤淳也現会長から社長を引き継いだ栗栖氏が、Syn.構想を聞いたのは5月ごろ。開発本部長だった。開発の中心はスマホにシフトしていたところで、渡りに船だった。「キャリアがやる取り組みにもかかわらずKDDIの中に閉じ込める話ではなくて、他社のスマホから見ても使えるんです、という話。KDDIがやって何の得があるんだろう」と、驚きを感じたという。
栗栖氏は、はてなの立ち位置について、「多くの人に使ってもらいたいけれど、なんでもかんでも、というわけではない。拡大したいが、急成長というわけではない」と説明する。最近のスマホ向けサービスは、調達した巨額の資金で大量のテレビCMを流してユーザーをかき集める例が目立つ。はてなはこうした手法はとらない。だが、地道にやっていてはユーザーの増加は限られる。Syn.は、キャリア側から、地道なサービスを支援する「ネット愛」にあふれた取り組みでもあるといえる。
中心がないSyn.の行方
10月からスタートしたSyn.だが、反応はどうか。栗栖氏は「細かい数字は出せないが新たなユーザーが増えている」と説明する。また、ユーザーだけでなく、Syn.に加わる他社の担当者と顔を合わせて新たな取り組みについての議論も始まっているという。
森岡氏は「山手線のようなもの。いつも使う最寄り駅はあって他の駅も使うようになる。自分がスマホで見るサービスの動線が変わってきたのを実感している」という。「(Web2.0の議論が盛り上がった)2005年ごろの感覚と同じで、新しい時代が来ている。PCからスマホに変わるワクワク感があって、リセットされるんじゃないかなと思っている。そのときに何かが起きるのを見てるんじゃなくて、手をあげた人間がリードするのは歴史が証明している」と期待する。
栗栖氏は「はてなとしては、もっとわけの分からないことをやっていきたい。混沌としていたほうが面白いことが生まれる。Syn.というプラットフォームで、スマホという端末の上ではてなができることが何かあるので、やっていきたい」と意欲を見せる。
だが、具体的な取り組みは各社が参加したSyn.協議会で話し合われることになっており、両者の考えは現時点では構想にとどまる。Syn.の取り組みがどうなるのか正直なところ分からない。中心のないSyn.の取り組みは、ユーザーから見れば分かりにくいし、キャリアが選んだサービスの押し付けになりかねない。ユーザーに価値ある情報を届けることができるのか、それとも残念な結果に終わるのか、参加各社も含めた「ネット愛」が試される。
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。法政大学社会学部准教授。2004年からブログ「ガ島通信」(http://gatonews.hatenablog.com/)を執筆、日本のアルファブロガーの一人として知られる。