「イスラム国」邦人人質事件に思うこと
中東のイスラム過激派組織「イスラム国」を名乗るグループが、日本人の人質2人の映像を公開し、「身代金を払わなければ殺害する」と脅したうえ、24日には殺害したとされる湯川遥菜さんの写真を持った後藤健二さんの写真を公開しました。国際ジャーナリストの後藤さんは、中東取材でお世話になったことがある知人です。それだけに人質映像は衝撃でした。
内戦下イラクの子ども、優しさに満ちたリポート
中東、とりわけイスラム国を取材するジャーナリストの悪夢は、オレンジの囚人服を着せられてカメラの前に連れ出されることです。こんな悪夢を見たと述懐するジャーナリストもいます。ひょっとすると、後藤さんも、こんな悪夢に悩まされていたことがあるかもしれません。
「後藤さんが、シリアに入った後、消息がわからなくなっている」――。この情報を私が得たのは今年初めでした。ご家族が日本政府に届け、なんとか行方を捜してもらっているので、そっとしておいてほしいという伝言があったと聞き、やきもきしながら、その後の進展を待っていました。
これまで数々の事件を取材してきた私も、個人的に親しい人が事件に巻き込まれると、いてもたってもいられない気持ちになります。さまざまな事件の被害者家族や友人たちは、こんな気持ちでいたのだと改めて知らされます。
後藤さんと初めてご一緒したのは、私が担当していたNHKの「週刊こどもニュース」に出演してもらったときのことです。米国によるイラク攻撃の結果、イラク国内は内戦状態となっていた中で、子どもたちが、どのように暮らしているかを、現地の映像を交えてリポートしてくださいました。
戦争の最大の犠牲者は、いつも子どもたち。その視点を持った後藤さんのリポートは、やさしさに満ちていました。
「戦争の悲惨さを伝える」ジャーナリストの仕事
その後、私がNHKを辞め、テレビ東京で中東情勢を取材するようになって、後藤さんと再会しました。ヨルダンのシリア難民キャンプでの取材や、カダフィ大佐殺害後の混乱するリビアでの取材のとき、後藤さんの助けを借りました。
後藤さんは、戦場取材のベテランジャーナリスト。何がとても危険で、何がそれほど危険でないかを瞬時に判断する力を持っていました。
ですから、後藤さんが、「これ以上は危険です」と言えば、そのアドバイスに従って取材を断念したこともあります。それだけ全幅の信頼を置いていたのです。
それだけに、後藤さんほどの人も窮地に陥ってしまうことがあるというのは二重の衝撃でした。
後藤さんは仙台出身。そのせいでしょうか、東日本大震災後の被災地に入って、子どもたちのためのボランティア活動もしています。心やさしい男なのです。
戦場ジャーナリストというのは因果な商売です。わざわざ自分の身を危険にさらして取材するのですから。危険だから取材はやめなさい。こういう忠告をしばしば受けるはずです。でも、戦争の悲惨さを誰かが伝えないと、その戦争は「忘れられた戦争」になってしまいます。戦争の犠牲者は世界から見捨てられてしまうのです。
戦争の悲惨さを伝えること。たとえ回り道であっても、ジャーナリストには、それしかできないのだと思います。
後藤さんが無事に帰国して、人質になった顛末(てんまつ)を自分の言葉で解説する。そんな日が早く来ることを願っています。
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ジャーナリストで東京工業大学特命教授の池上彰(いけがみ・あきら)さんの連載コラムです。経済や教養、若者の学び方や生き方、さまざまなニュースや旬のテーマを、池上さん独自の視点・語り口で掲載します。