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「初音ミク」「ユニティちゃん」は一体誰のものか

ジャーナリスト 新 清士

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 ゲーム開発用ソフトを手がける米ユニティ・テクノロジーズ(カリフォルニア州)の日本法人は7日、自社オリジナルキャラクター「ユニティちゃん」の3D画像データを含むパッケージデータの無料配布を始めた。完成度の高い3Dデータを提供し、画像作製が不得意なプログラマーやゲーム開発初心者たちがゲーム開発に参加しやすくする狙いだ。さらにユニークなのは、一定の範囲内でユニティちゃんの商業目的での二次創作を認めたこと。自由な創作活動と著作権保護は相反するケースが多いだけに、同社の試みを多くのゲーム関係者たちが注目している。

商用でも二次創作認める

ユニティ社の主力製品である「ユニティ」は複数の基本ソフト(OS)に対応するゲーム開発ソフト。大手から独立系までさまざまなゲーム会社で幅広く利用されており、この分野で世界的に高いシェアを持つ。ユニティを利用している4月時点の登録ユーザー数は無料・有料の合計で250万人を超える。

ユニティちゃんを配布した日本法人はユニティ・テクノロジーズ・ジャパン(東京・港)。ユニティちゃんは誰でも気軽に使え、改変もできる全てのデータやプログラムが付いている。

配布データにはユニティちゃんのキャラクターモデル、モデルを動かす24種類のアニメーション、8つのポーズと45種類の音声などが含まれている。ユーザーはこのデータをダウンロードして自分のプログラムに組み込むことで、開発するゲームに容易にユニティちゃんを登場させて利用できる。今後も男女の新しいキャラクターを追加するなど、継続的にデータを拡充していく予定だ。

今回ゲーム関係者が特に注目したのが、同社がユニティちゃんの配布に合わせて公開した、著作権に関する規定をまとめた「ユニティちゃんライセンス」だ。最大の特徴が、自社の著作権の範囲を一部制限し、他の開発者たちが二次創作をしやすい仕組みにしていることだ。具体的には、商用・非商用を問わず、前年度の売り上げが1000万円以下の個人またはサークルによる二次創作を認めている。商用販売を前提にユニティちゃんを使ったゲーム開発が可能なほか、ユニティちゃんを使った書籍、グッズ、コスプレのような服なども製作・販売できるのだ。

魅力的なキャラクターが創作促す

ユニークな著作権規定の背景には、「ゲーム開発者が使いたいと思うような魅力あるキャラクターを提供すれば、さまざまな新しい創作やコラボレーションが生まれるはず」(日本担当ディレクター大前広樹氏)と、開発者の自由な創作を促そうとする同社の狙いがある。実際、もともとのユニティに付属していたデモ用キャラクターは「無個性の配管工」といった、あまり魅力的とはいえないものだった。

ユニティちゃんを利用した開発者たちの創作活動をできるだけ無条件で許可したいが、公序良俗に反する使い方や政治的な利用を避けるためには権利を押さえておく必要がある。ユニティちゃんライセンスにより野放図な利用に歯止めをかけるわけだ。大前氏は「開発・製作などの創作活動を通じ、キャラクターに愛着をもってもらえれば」と期待する。

著作権法のもとでは、魅力的なキャラクターなどのデータを公開しただけで開発者たちの創作活動を活発化させるのは難しい。今回の場合も、データを利用したい開発者は本来、そのたびごとにユニティ・テクノロジーズ・ジャパンに利用許可を求めなければならない。さまざまなユーザーが新しい創作活動するうえで「足かせ」になってしまう可能性があった。

ユニティちゃんライセンスのもう一つの特徴は、配布するデータではなく、ユニティちゃんというキャラクターを守ることに力点を置いていること。同ライセンスではキャラクターを「その存在を他と区別するために、名称を付与され、音声、外見、性格、世界観等によって特徴づけられた抽象的概念を表現するために創作された、絵画の著作物」と定義している。この「抽象的概念」を守るなら誰にでも二次創作を認めるという構成だ。

実情に合わなくなった著作権法

現行の著作権法は、二次創作などを通じて開発者たちが広く共同作業をすることには向かないものになっている。小説、絵、音楽、映画など、誰かが著作物(コンテンツ)を生み出した場合、それを生み出した著作者には排他的な利用権が自動的に発生する。そのコンテンツは、他人が著作者の許諾なしに無断で利用したり、改変したりすると権利侵害になってしまう。

著作権は、著作物の利用権を一定期間守ることで著作者が経済的なインセンティブを得られるようにし、創作活動をより活発にする目的で登場した。1886年に成立したベルヌ条約により世界的に一般化した。

ところが、今やデジタルデータが普及し、開発者どうしがお互いのデータを簡単にやり取りできるようになった。離れた場所にいる複数の開発者による共同作業が可能になるなど創作の幅が広がり、著作権には実情に合わない面も出てきた。著作権の範囲が広すぎるため、著作者が認めても対象となるコンテンツを他のユーザーが簡単に利用できないというケースも増えている。

こうした課題に対応し、2002年に米ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授を中心に「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」が提案された。これは著作権者が自主的に自分の権利に制約を加えることで、他の人に使いやすくする仕組みだ。ユーザーはネットにコンテンツを公開する際、既存の著作権を主張する以外に、改変や商業利用を認めるといった、自動的に発生する著作権の範囲を自主的に一部狭めることをボタン1つで明示できる。この仕組みは現在、写真投稿サイト「フリッカー」などで採用されている。

しかし、この仕組みにも日本の実情に合わない部分がある。このライセンスが写真などのコンテンツを基準にしているからだ。

コミケで人気の同人はグレーゾーン

日本は他国に比べて二次創作が盛んだ。東京で夏と冬に開催される「コミックマーケット(コミケ)」の活況がそれを裏付ける。毎回50万人もの来場者を集める大人気イベントで、そこで販売される漫画などの多くはアニメや漫画、ゲームなどのキャラクターを題材にファンが作製した「同人」と呼ばれる二次創作コンテンツだ。1975年にスタートしたコミケは40年の長い歴史を持つが、そこで売買されているファンの創作物は、著作権的にはグレーゾーンなのだ。

数人の有志メンバーが作製して販売する同人のコンテンツの多くは価格が数百~数千円程度で、1日の売り上げは数千~数万円程度と金額が小さい。また、著作権法違反は親告罪ということもあって「黙認」されている面がある。しかし、きっぱりと二次創作禁止を打ち出す企業もある。キャラクターなどを二次利用したユーザーは、自分の創作物が問題なく販売できるのかわからない不安定な状態にあるといえる。

さらに、動画サイトの普及が著作権の不明確さに拍車をかけている。インターネット上には極めてクオリティーの高い二次創作の動画が続々と登場し、人気を集めている。自分が時間をかけて作った二次創作コンテンツをネットで発表し話題になったとしても、もともとの権利者が発表中止を求めれば、否応なく公開を中止せざる得ない。

デジタルデータが広く普及するなか、新しい著作権の形を模索する動きが出てきた。「初音ミク」で知られる歌声合成ソフト製造販売のクリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)が09年に設定した「ピアプロ・キャラクター・ライセンス(PCL)」もその一つだ。既存の著作権とは違う形で、ユーザーが二次創作をしやすいようにライセンスを設計しているのだ。

今月5日、都内のセミナーで講演した同社の伊藤博之社長は、このライセンスについて「著作物を守るのではなく、キャラクターを守るという目的で作った」と説明。さらに「キャラクターの権利者が、クリエイターの皆さまにキャラクターの自由な二次創作を許諾し宣言するためのもの」とした。

キャラクターという概念に縛り

クリプトン社の場合、歌声合成ソフトの製品パッケージの使用許諾契約書で、楽曲制作のために合成音声を利用することを許諾している。そのため、初音ミクを使って作製した音源は、製品の購入者であれば自由に公開・販売できる。PCLが対象とするのは、音源以外にユーザーが二次創作で作った初音ミクのイラストや動画、3D画像データなどによって作り出された「キャラクター」だ。

このキャラクターの定義は「キャラクターを特徴付ける抽象的概念」とした。初音ミクには緑色のロングヘアにシルバーの服といった特徴はあるが、何をもって初音ミクであるのかという定義は曖昧だ。しかし、あえてその曖昧な「キャラクター」という概念に縛りをかけることで、ユーザーはその特徴を意識して二次利用する。そして、それを著作物としたうえで、ユーザーに商業的な利益を目的としない二次創作活動を認めている。ユーザーにとって使いやすいこのライセンスが、現在まで続く初音ミクのブームを支える一因になっていると考えていいだろう。

前出のユニティ・テクノロジーズ・ジャパンが公開したユニティちゃんライセンスはPCLライセンスを参考に設計された。しかし、ユニティちゃんライセンスは一定範囲で商業利用を認めている点がPCLと大きく異なる。初音ミクの場合、キャラクターを使って作製・公開しているコンテンツは多いが、正式なライセンス契約を交わさなければ有料販売を想定したゲームに利用できないという制約があるからだ。

これは2社の立場の違いも大きいと考えられる。クリプトン社の場合、歌声合成ソフトを販売するために用意した初音ミクが脚光を浴び、派生的に二次創作物が生み出されていった。そこで自社ソフトのユーザーが初音ミクを利用しやすくするため、独自のライセンスを後から設計したのだ。

これに対し、ゲーム開発ソフトを手がけるユニティ社は、ユーザーである開発者が商品として販売するゲームをより作りやすくすることを目的に、ライセンスを通じてユニティちゃんを利用できるよう整備し、キャラクターデータそのものも提供している。

ユニティを使って開発されたゲームは、コミケなどの限られた場所にとどまらず、米アップルの「アップストア」といったコンテンツ配信サービスを通じて一般消費者に販売できる。どんなゲームも爆発的なヒットに結びつく可能性を秘めており、商業利用を前提としない二次創作物ライセンスは、ゲーム開発者には向いていない。今回のユニティちゃんライセンスは、こうした課題を意識して設計されているようだ。

ユーザーと共同で育てるツールに

ユニティちゃんのデータ配布開始から約10日。動画サイトでは、ユニティちゃんのちょっとしたアニメーションなどがアップされ始めている。有料ゲームの中など本格的なコンテンツにユニティちゃんがどんなふうに登場するのか、今後注目を集めることになるだろう。

ユーザーがデジタルデータを使って自分で様々なコンテンツを作るとき、重要なのは他者とのコラボレーションを促す仕組みだろう。とりわけ魅力的なキャラクターを自由に使えるかどうかは、コンテンツの価値を大きく左右する。著作権者側にとっても、二次創作を通じて自社製キャラクターの「活躍」の場が適正に広がることがビジネス拡大に直結することになる。

どのような権利設計をすれば、二次創作を通じて多くのユーザーが参加し、新しい創造性を発揮しやすくなるのか。初音ミクやユニティちゃんは、昔ながらの著作権の世界に新しい風を吹き込もうとしている。企業にとって著作権は守るだけのものではなく、ユーザーと共同で育てていくツールに変わりつつある。

新清士(しん・きよし) 1970年生まれ。慶応義塾大学商学部および環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心としたジャーナリストに。立命館大学映像学部非常勤講師も務める。グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にもメンバーとして参加している。著書に電子書籍「ゲーム産業の興亡」 (アゴラ出版局)がある 。

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