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「劇場型」スタジアムが生むプレミアリーグの繁栄

サッカージャーナリスト 原田公樹

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イングランド・プレミアリーグからは、景気のいい話ばかりが聞こえてくる。収入が過去最高だったとか、史上最高の利益が出たとか……。英国全体は欧州の経済危機の影響により、過去30年で最悪の景気後退に直面しているといわれる。それなのになぜ、プレミアリーグは例外なのか――。

チェルシー、11~12年シーズンは黒字に

どんな景気のいい話があるかというと、たとえばこの数日間、監督の解任劇で揺れるチェルシーは、先日、2011~12年シーズンの決算報告を発表し、03年にロシアの億万長者アブラモビッチ氏が買収して以来、初めて利益が出たことを明らかにした。

これまでこの金満クラブは、湯水のごとく、資金を投入してチームの強化を図ってきた。アブラモビッチ氏は少なくとも6億3000万ポンド(約825億円)をチェルシーに投資した、といわれる。

これまでは完全なバブルだったが、昨季は営業収入が2億5570万ポンド(約335億円)で史上最高となり、140万ポンド(約1億8000万円)の純利益が出たというのだ。

一昨季の10~11年は6770万ポンド(現在のレートで約89億円)の赤字だったから、経営状態が一転したことになる。

世界5位の規模のクラブに

またチェルシーは昨季、営業収入が2億4340万ポンド(約319億円)だったアーセナルを上回った。

つまりレアル・マドリード、バルセロナ(ともにスペイン)、マンチェスター・ユナイテッド(プレミア)、バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)に次いで、チェルシーは世界5位の規模のクラブになったわけだ。

そのアーセナルも一昨季の10~11年は1480万ポンド(現在のレートで19億4000万円)の純利益があり、昨季は3660万ポンド(約48億円)の純利益を出している。超健全経営のクラブなのだ。

J1リーグで最も営業収入の多いクラブは浦和レッズで、11年度が約53億8200万円。J1の20クラブの平均が約29億1200万円だから、日本からすれば、雲のまたその上の収支規模である。

マンUも今季の第1四半期は最高収入

MF香川真司が所属するマンUも景気がいい。

先日、今季第1四半期の中間決算を発表した。これによると累積赤字は3億5970万ポンド(約471億円)となり、米国の実業家グレイザー氏が買収して以来、初めて減少したという。

実はグレイザー氏は、05年にマンUを買収したとき、その費用をすべてクラブ側の負債とした。そのため健全経営だったマンUは一夜にして大借金を抱えてしまい、その年間の利子は利益を上回っていたのだ。つまり返しても、返しても借金は増え続けていたのである。

だが今季の第1四半期は、収入が3.4%増の7630万ポンド(約100億円)だった。これは四半期ベースで最高収入額だ。

8月にニューヨークの証券取引所に株式を上場して資金を調達。さらに日本のカゴメや、ヤンマーなどと数十億円規模のスポンサー契約を結んだことが増収につながった。

スポーツは不景気に強い?

経済の専門家たちはいろいろなことをいう。たとえば、もともとスポーツは不景気に強いからだと。不景気だと人々は休日に外へ出かけず、家に留まって大型テレビでサッカーを見る。だから有料放送に加入する人たちが増える。よってクラブの増収につながっている、というのだ。確かにそれも一理ある。

実際3年ごとに更新されるプレミアリーグの世界中からの放映権料は、毎回うなぎ登りだ。いままさに13~14年シーズンから3季の放映権の入札が始まっているが、最終的には各クラブへの分配金は相当な増収になるのは間違いない。

だが、不景気がこの追い風の主たる理由ならば、欧州主要リーグすべてのクラブが増収傾向にあってしかるべきなのに、決してそうではない。リーグによってテレビ放映権料の配分方法に偏りがあるため、一概に言えない部分もあるが、とにかくプレミアリーグの放映権料だけ高騰している。

FFP規定の導入で好景気に?

またあるサッカーの専門家は先日テレビで、プレミアリーグの好景気は欧州サッカー連盟が「ファイナンシャル・フェアプレー(FFP)規定」を導入したことが大きく影響している、と話していた。

これは各クラブの経営健全化のため、年間の最大赤字額を定め、守れない場合はライセンスを剥奪するなどの厳しい措置を含めたルールだ。

確かにプレミアリーグの主要クラブは最近、FFP対策のため、年俸の削減、高額な移籍金の支出を抑え、スポンサー獲得に励むなど、あらゆる努力を行っている。 だからFFPが好景気の遠因の一つ、であることは否定できないが、ルールが利益を生み出しているわけではない。

好景気の理由はスタジアムに

私はプレミアリーグの好景気の根本的な理由は、すべてスタジアムにあると思っている。

一般生活ではちょっと味わえない、緊張感のあるその独特な雰囲気が源だ。これはスタジアムのユニークな構造と、観客・選手という"役者"によって、作り出される。

たとえばイングランドのスタジアムに行ったことのある人は、ご存じだろうが、席はとても狭い。同じ列の人が通るときは、いちいちイスから立たないと、通り抜けられない。

座っていても、ひざが前の人の背中にぶつかりそうなくらい狭い。新しいスタジアムでもそうなのだ。サッカー場は「運動競技場」ではなく「劇場」という考え方が浸透しているからだろう。

45分間の舞台を2回に分けて、見られればそれでいい。オペラやミュージカルもインターバルには席を立ってトイレへ行ったり、バーで一杯、飲み足したりするが、サッカーのハーフタイムも同じだ。

ファン同士、くっついていたほうが一体感はあるし、応援にも熱が入る。小劇団の芝居をぎゅうぎゅうに混んだ狭いシアターで、ひざを抱えながら見たことがあるが、あの一体感と似ている。

観客席がコンパクトだからこそ、イングランドサッカー特有の緊張感と一体感が生まれてくるのだと思っている。

観客席とピッチが至近距離に

そのうえ観客席からピッチという「舞台」は至近だ。ボールを蹴る音、選手たちの肉体がぶつかる音。チームメートを怒鳴り散らし、相手を罵倒する声。いまにも選手たちの汗や土が、飛んで来そうだ。

ドイツもスタジアムは熱いが、総じてイングランドのほうが、より生っぽい。

だから観客たちも一緒になって声を張り上げ、それに選手も反応する。迫力の相乗効果を生み出すような構造になっているのだ。

かつてイングランドサッカーの代名詞は、キックアンドラッシュだった。実にシンプルな戦術で、ロングボールを蹴って走る。

時代遅れのスタイルで、プレミアリーグの下位チームでも、この戦術をとるチームは少なくなってきたが、これぞ肉体サッカー。前線に蹴ってボールを空中で競り合い、そのこぼれた五分五分のボールを競り合う迫力は、何ものにも代えがたいものがある。

迫力ある試合だから、再び人々はスタジアムへ

かつてイングランドでこのスタイルが定着したのは、「劇場」でより迫力を生むためなのではないか、と思えてくる。

こうした迫力ある試合だから、再び人々は「劇場」へ行きたくなるわけだし、「生」ほどではないが、白熱した映像だから、テレビを通じて多くの人が見たくなる。

だからスポンサーもつき、ファンはグッズがほしくなる。こうして選手の年俸も高くなるから、世界からいい選手が集まってくる。だからさらに迫力のある試合が行われる。

いまプレミアリーグはこのプラスのサイクルで回っているから景気がいいのだ。

92年に旧1部リーグを改組して始まったプレミアリーグ。わずか20年でここまで大きな産業に成長した。その翌年の93年から始まったJリーグの歩みと比較すると、雲泥の差があることは否めない。

日本だけではなく、世界にこうした「劇場スタジアム」が増えていけば、もっとサッカーは進歩して面白いものになるはずである。

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