「人気のない夜桜は好いもんだよ」と云った。
平岡は黙って盃を干したが、一寸気の毒そうに口元を動かして、
「好いだろう、僕はまだ見た事がないが。――然し、そんな真似が出来る間はまだ気楽なんだよ。世の中へ出ると、中々それどころじゃない」と暗に相手の無経験を上から見た様な事を云った。
代助にはその調子よりもその返事の内容が不合理に感ぜられた。
彼は生活上世渡りの経験よりも、復活祭当夜の経験の方が、人生に於て有意義なものと考えている。
それから 夏目漱石
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