私が住んでいるのは田舎だ。
それでも最後のプライドを示すかのようにデパートがひとつだけ残っている。
といっても平日は実に閑散としていて客の姿は一階のスーパーで見かける程度で、二階三階と階を登るにつれて人の姿は少なくなり、五階ともなれば人の行き来はほぼ見かけない。
おそらくこのデパートの寿命もそう長くはないだろう。その事に気づいた私は、平日の午後イチ、ネコバッグに猫を入れると五階に向かった。
一度、猫をエスカレーターに乗せてみたかったのだ。猫はエスカレーターに対して、どのような反応を見せるのか?一度考えるとその考えは頭から切り離されることはなく、頭の片隅に残り続けていた。
そして私はとうとうチャンスを見つけたのだ。
実行当日、予測通り人の姿はまばらで、五階にまで行くと誰もいない。
私は下りのエスカレーター前で素早く猫をリリースすると、猫はもっさりとした動作でネコバッグから降り立った。
それから猫は慎重に一歩、二歩と歩みを進ませると目の前に動く階段があることに気づき、不安そうに振り返って私を見つめた。
私は手短にエスカレーターの説明をした。これはエスカレーターといって、まあ動く階段のようなものだよと。
猫は要領を得ない様子で首をかしげ、乗ってみたら?と声をかけた。しかし猫はまだ怖いようで、立ち往生している。
乗り方が分からないのだろうと思い、手本を見せようと私は前に躍り出てエスカレーターに乗った。
それでも猫は二の足を踏み、私との距離はどんどん離れていく。
私は不安になり、大丈夫だからおいで、と声をかけ続けたが猫は動じない。
猫の姿はみるみる小さくなっていき、猫も不安そうにエスカレーターの前を行ったり着たりしている。
いよいよ猫の姿が消えそうになったとき、私は猫の名前を呼んだ。
すると猫は飛び込むようにエスカレーターに乗り、そのまま駆け込むように下った。
すごいスピードだ!
エスカレーターの速度と猫の速度が合わさり、猫は光のような速さでエスカレーターを下ると私に追いつき、私に抱きついてきた。
猫は興奮し、緊張していたのかドキドキという心拍音が直に伝わってきた。
私はエスカレーターを下りきる前に素早く猫をネコバッグにしまい、それから何事もなかったように一階まで下るとデパートを後にした。
猫はネコバッグから頭を出し、振り返るようにデパートを見やった。私も興奮していたが、猫も興奮していたのだ。
それから猫は「にゃあ」と一度だけ鳴き、バッグの中へと戻っていった。私はもう振り返らず、帰路に着いた。
それでももう、私には思い残すことはなかった。