「本物の自分?そんなの,いるのかな?一生,みつからないんじゃないのかな。」 短くなった煙草を灰皿でもみ消しながら,編集長は呟いた。 その目は,向かい合わせに座っている私ではなく,どこか遠い一点を見つめている。 茶色のチェックのジャケットに,少し濃い茶色のニット・タイ。 一見ラフに着崩しているように見えるが,色の使い方などが丁寧で,実は細部まで拘りが感じられるファッションだ。 雑誌の編集後記の写真で,編集長がどんな顔をしているのかはある程度知っているつもりだった。 しかし実際に目の前にすると,思っていた印象よりはずっと若く見えた。 彼は,手を擦り合わせながら上目遣いで私を見ながら言った。 「まあいいや,採用の方向で考えてる。また電話します。」 彼は私にそう伝え,ソファから腰を上げた。 私も慌てて立ち上がり,挨拶をして編集室の出入り口のドアへと向かう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・